前回投稿「初代・東映城のお姫様」の続編です。

京都で一番長い歴史を持つ映画撮影所、東映京都撮影所。

映画産業の黄金期、東映京都撮影所は東映城と呼ばれ、時代劇映画がたくさん製作されていました。

東映時代劇スターの相手役として作品を支えた2代目“東映城のお姫様”。

独断と偏見で、丘さとみ、大川恵子、桜町弘子、花園ひろみを選出しました。

東映城2代目のお姫様も豪華絢爛。

 

《丘さとみ出演作品ポスター》

「紀州の暴れん坊(昭和37年・中川信夫監督・脚本)」ポスターは松方弘樹と丘さとみ。

ファンだった丘さとみが登場。

徳川御三家の一つ、紀州家次男坊・源六郎(松方弘樹)。源六郎を助けた海辺の美しい海女・おいく(丘さとみ)。源六郎と呼ばれていた若き日の八代将軍・吉宗の恋と活劇の青春時代劇。おいく、実は大岡忠相(東千代之介)の妹でした。

 

「東映城のお姫さま」丘さとみ昭和30年、東映ニューフェイス第二期生として東映に入社、同期には高倉健・今井健二がおり、同年の映画「御存知怪傑黒頭巾・新選組追撃」(内出好吉監督)でデビューしています。東映時代劇への貢献が大きく「東映城のお姫さま」と呼ばれ、引退までの10年間で約150本もの映画に出演。昭和37年に東映を退社してフリーになり、映画出演も続けながらテレビドラマにも活躍の場を広げました。

 

<丘さとみ>

<丘さとみ「旗本退屈男謎の暗殺隊」(昭和35年)スチール写真>

 

丘さとみは、私の好きなTV映画新選組血風録」(昭和40年・栗塚旭主演)の第1話、第6話にゲスト出演しています。

東映時代劇を牽引した河野寿一、佐々木康監督の手腕でTV映画とは思えない完成度。

第1話「虎徹という名の剣」(河野寿一監督)は冒頭、河野監督らしい力強い新選組池田屋襲撃シーンが登場、第6話「鴨千鳥」(佐々木康監督)は女性おみね(丘さとみ)の機微を佐々木監督が巧く捉えて秀逸、薄幸の女性おみねを好演したが丘さとみが忘れ難い。

私は特にこの2話が好きで、飽きずに何度もDVDを観ています。

たまに東映チャンネル、時代劇専門チャンネル(CS)で放送されます。

TV映画新選組血風録(第1話)」より。

 

TV映画「新選組血風録(第6話)」より。

 

《丘さとみインタビュー:書籍「新選組血風録の世界」より抜粋》

『34年ぶりに「新選組血風録」を見て驚いたけど、ずいぶん落ち着いた芝居しているのね。おみねのような、だんだん落ちぶれていくような役、好きなの。昔、東映の女優さんは美人ばっかりでね。私だけ、まん丸の顔してたからコンプレックスがあって、綺麗なお姫様やると自己嫌悪でちっちゃくなってた。だから、おちゃっぴいな娘とか、顔まっ黒けにして走り回る役とか、あわれなしけ(ほつれて下がった髪)がいっぱい出たような髪した役のほうが好きだったの。おみねは武家の娘から、だんだん身を落としていくという感じを出そうと、あれでも考えて演じたのよ。』

 

《大川恵子出演作品ポスター》

「神田祭り喧嘩笠(昭和35年・マキノ雅弘監督)」ポスターの里見浩太朗と大川恵子。

ポスターの文字“長脇差”は、“ながドス”と読みます。江戸時代、武士は刀を2本腰に差していましたが、博徒、侠客など非武士階級は1本刀。ドスとは“脅す”を略した言葉のようです。

佐吉(里見浩太朗)は鐘馗一家の三下やくざ。旅から帰ると、恩になった親分・鐘馗仁兵衛(月形龍之介)と娘八重(大川恵子)が浪人・成川郷右衛門(千秋実)にために、八重は芸者になっていた。里見浩太郎の股旅もの。

 

大川恵子は昭和31年、東映三期ニューフェイスに合格。同期は里見浩太朗、桜町弘子。

昭和32年の榎本健一主演「とんちんかん八百八町」(石原均監督)でデビュー。

古典的な美貌が時代劇向きと見られ、丘さとみ、桜町弘子と“東映城の三人娘”として、昭和37年に映画界を退くまでの6年間に百本近くの時代劇映画で活躍しました。

<大川恵子デビュー作「とんちんかん八百八町」>

 

<大川恵子>

 

《桜町弘子出演作品ポスター》

「お世継ぎ初道中(昭和36年・内出好吉監督)」ポスターは里見浩太朗と桜町弘子。左下は柳家金語楼。

伯父の急死でお大名の若殿になった松平忠信(里見浩太朗)。家老内膳(柳家金語楼)は財政建直しのため、生前先の殿がきめた莫大な持参金つきの本田家さつき姫(桜町弘子)との縁組するため、お国入りの道中を始めたが・・・。内出好吉監督の時代劇コメディ。

 

桜町弘子は昭和31年に東映ニューフェイスの第三期生として東映入社。同期は里見浩太朗、大川恵子、大村文武。

昭和32年「大江戸喧嘩纏」(佐伯清監督)に松原千浪の名で映画デビュー。同年「ふたり大名」(深田金之助監督)から桜町弘子に改名、お姫様役で出演した。大川恵子、丘さとみらと東映三人娘として活躍。時代劇を中心に任侠映画・現代劇にも出演、昭和41年の主演作「骨までしゃぶる」(加藤泰監督)は闘争的な女郎役で、新境地を魅せています。

<桜町弘子>

<桜町弘子、丘さとみ、大川恵子の東映三人娘>

 

《花園ひろみ出演作品ポスター》

「ゆうれい小判(昭和34年・秋元隆夫監督)」ポスターは里見浩太朗と花園ひろみ。左下は尾上鯉之助。

江戸時代の町で起こる連続殺人事件の謎を解明する里見浩太朗主演の捕物活劇。花園ひろみは酒屋「ひさご」の看板娘。秋元隆夫第一回監督作品。

 

花園ひろみは昭和32年、東映ニューフェイス第四期生として東映に入社、同期には佐久間良子、水木襄、室田日出男、がいる。

昭和33年に大川橋蔵主演映画「旅笠道中」(佐々木康監督)でデビュー、昭和36年までに60余本に出演、テレビドラマにも多く出演しています。昭和37年の大友柳太朗主演「右門捕物帖・卍蜘蛛」(河野寿一監督)を最後に女優引退、同期の山城新伍と結婚(のちに離婚)しています。

<花園ひろみ>

<山城新伍、花園ひろみ>

 

《東映現代劇の看板女優・中原ひとみ》

もう一人、東映で忘れられない女優、中原ひとみ

時代劇にも出演していましたが、東映現代劇(東映東京)の看板女優ですので「東映城のお姫様」からは除外しました。

《中原ひとみ出演作品ポスター》

「花吹雪鉄火纏(昭和32年・河野寿一監督)」ポスターは中原ひとみと大川橋蔵。

油問屋の山崎屋(山形勲)は油の買占めを計り、邪魔な油商人親娘(薄田研二、中原ひとみ)の倉庫に火をつけた。町火消し「に組」の長次(大川橋蔵)は事件の探索に乗り出す。

火事場をめぐる陰謀に敢然と挑む火消し屋の活躍と恋を描く痛快時代劇。大川橋蔵と中原ひとみのコンビも面白い。

 

中原ひとみ東映ニューフェイス第一期生として東映へ入社。同期に山本麟一、高田敏江、南原宏治。昭和29年「続続続続・魚河岸の石松 女海賊と戦う」(小石栄一監督)でデビュー。

 

<中原ひとみ>

同じ東映の俳優・江原真二郎と、映画「米」(昭和32年・今井正監督)での兄妹役がきっかけで昭和35年結婚、媒酌人は当時の東映社長・大川博が務めています。

江原真二郎と共演の「純愛物語」(昭和32年・今井正監督)では、原爆の後遺症で短い生涯を閉じるヒロインを演じた忘れ難い映画です。第31回キネマ旬報ベストテン第2位、第8回ベルリン国際映画祭で銀熊賞 (監督賞)、 第8回ブルーリボン賞 監督賞・企画賞ほかを受賞しています。

中原ひとみは昭和35年代初めまで、東映現代劇の看板女優として数々の映画に主演、その後テレビドラマにも多く出演しています。

家族4人で出演したライオン歯磨のCMは、10年以上にわたって制作され、夫の江原とはおしどり夫婦として紹介されています。

令和4年、江原真二郎氏は横浜市内の施設において逝去されました。85歳没。

中原ひとみと江原真二郎>

 

文中、敬称略としました。ご容赦ください。