読者の皆さんはバングラデシュという国についてどれくらい知っているだろうか。

地理的にはインドと中国の中間に位置し、四国程度の小さな国土に日本と同じくらいの人が住んでいる。

かつてアジア最貧国と呼ばれ、いまも先の見えない貧困と闘っている。

僕はそんな国バングラデシュに行ったことがある。

この国に興味を持ったきっかけは、若手起業家として個人的に注目しているe-educationの税所さんやユーグレナの出雲社長が、共通してグラミン銀行のインターンシップでインスピレーションを得ていたことを知ったからだった。





グラミン銀行とは、銀行でお金を借りられない貧困層に少額で融資をするバングラデシュの銀行だ。

グラミン銀行について知ったきっかけも上述の二人だった。

グラミン銀行、もしくはバングラデシュにはきっと何かがあるんだと思い、強い興味を持った。

僕はすぐにグラミン銀行にコンタクトをとり、インターンシップとして働くことを決めた。

そして大学院を卒業する1ヶ月前、修士論文を提出してすぐさまバングラデシュの首都ダッカに飛んだ。

2015年の3月のことだった。

当時は反政府勢力により情勢が悪化しており、まともに外出できなかったため、よくホテルの部屋でバングラデシュやグラミン銀行についてインターネット上の記事を読んでいた。

なんとなく、「バングラデシュ 起業」というキーワードで検索し、マザーハウスという会社とその会社の社長である山口絵里子さんのことを初めて知った。

最初は途上国でバッグを作っているぐらいの企業としてしか捉えてなかったけど、山口さんについての記事を読むにつれて、彼女の哲学に強く興味を惹かれた。

でもその時、自分はグラミンでインターンシップをしていたし、こんな風にインターネットに時間を使うのも勿体無いと思い、現地で知り合った友達に付き添ってもらいながら外出することが多くなった。

そして帰国し、社会人生活が始まり、グラミンでの経験について悶々と考えながら過ごしていたある日、Facebookで山口さんのトークイベントがあることを知った。

事前に山口さんの著書も読み通し、そして実際に話を聞いてみたが、自分の中で何か大きな変化が起こり始めるのを感じた。




「このままではいけない」


なんとなくそう思った。もともと5年後には会社を辞めて新たな道を歩むつもりだったが、山口さんの生き様を見聞きして、そんなゆっくりしているのは勿体無すぎると思った。

若者の特権についてもようやく自覚した。

いまなら幾らでも失敗できる。

現実的な路線じゃなく、自分の理想にしがみついて自分だけの道を見つけ出したい。

日に日に本気でそう思う気持ちが強くなり、来年の3月には辞めようという決心をしようとしている。

人生は面白い。ちょうどバングラデシュでとあるプロジェクトをやらないかという話が舞い込んだ。



これはもう神様が「何を悩む必要があるんだ。いますぐ決断しなさい。」と言っているとしか思えない。

このチャンスを絶対に逃してはいけない気がする。

ここで先延ばしにしてしまったら、惰性の毎日になる気がする。

だからこうしてブログを書き始めた。

ブログを書けば「やっぱり止めました」なんて言えなくなるから。

人生において本当に重要な決断は数回しかないと聞いたことがあるが、いま間違いなくそのうちの1回なんだと思う。

誰かに相談しても絶対に反対されるし、自分は他人に影響されやすい。

いつもは人に相談してきたけど、今回だけは誰にも相談せずに決断する。

バンングラデシュをもっと知りたい。

2015年12月10日

今年3月に関西の大学院を卒業し、関東での社会人生活がスタートした。
もともとNGOやNPOで社会貢献を行う組織に属したかったが、いろいろ自分で調べてみて、NPOやNGOの組織運営においてネックになるのが資金調達ということを知った。
それで、持続性のある組織運営を学ぶためにはビジネスを知らねばと思い民間企業を志した。

フィールドは決めていた。ITを用いて高度な社会インフラ構築を行う製造業だ。いわゆるスマートグリッドが自分の中でのイメージに近かった。いまの会社に決めた理由は一言で言うと、かっこいいと思える企業が多かったからなのだが、具体的には3つある。

一つ目は、スマートグリッドに、自分の大学院での研究との接点を感じたからだ。


二つ目は、フィリピン留学とインドネシアインターンシップでの経験から、日本の企業がいかに世界の途上国インフラに貢献しているのかを肌身で感じ、純粋にかっこいいと思ったからだ。


三つ目は、単純に有名だから。正直なところこれが一番大きかったのかもしれない。


いずれにしろ、日本の技術で世界、できれば途上国のインフラ構築に寄与したいと思った。自分自身のバックグラウンドである情報工学を生かせる立場で、日本の総合電機メーカーで働ければ本望だと思った。

そして運よく総合電機メーカーに入社した。配属も、海外でスマートグリッド事業を展開するチームという100%希望が叶った形で最高の職場で働いている。




でも、忘れかけていた想いをふと思い出した。







途上国は・・・?


貧困層は・・・?



確かに「世間的には」かっこよくて「友達の前で」胸を張れる仕事をしてはいるけど、
本当に「自分が」やりたかった仕事はこういう仕事だったっけ・・・?





途上国の人たちが力を持ち、先進国にない価値をどんどん生み出してゆくような社会になれば素敵だなと思い、就職活動を始めたはずだった。でも、気付いたら自分の判断軸は「世間体」と「親の顔」になってしまっていた。友達に胸を張れるような有名企業、親が喜ぶような大企業というのが大前提だったため、せっかく受けたベンチャー企業も社会勉強程度の舐めたスタンスだった。当然1社も受からなかった。


気付いたら大企業に入社していた。




置かれた場所で咲きなさい、という言葉もある。確かにそう考えるべき立場の人もいる。会社で働きながら不平不満を口にするのではなく、いまある環境に感謝して前向きに生きましょうというメッセージだろう。それに、今の環境でしか学べないことは多い。

でも、いまの僕の状況においては、この言葉を鵜呑みにするべきではない。ポジティブな気持ちで環境を変えようとしている。まだ24歳。気付くのが遅すぎたとは思うが、まだやり直しは利く。

ちなみにこれは転職しようという話じゃない。自分がやりたいこと、やるべきことを真剣に突き詰めるための時間を確保したいのだ。いまはバングラデシュ、ネパールもしくはアフリカのどこかで1、2年滞在することを考えている。



辞めた後のことはいろいろ考えるけど、正直なところまだ勢い任せな感じでいまいち踏ん切りがついてはいない。
自分一人で今の会社から内定を得たわけじゃないし、一人で仕事しているわけじゃないから、軽々しく決断していいことじゃない。

それに、思いつきで行動して後悔したくない。先行き不透明なまま大企業を一年で辞めるなんて普通に考えたら馬鹿げた行動だし、100人いたら100人が反対すると思う。

それでも一歩踏み出すのかどうか。

今年中に結論をだそうと思う。


2015年12月9日