復讐心による殺意を止める事は出来る

でしょうか?

 

理論的には可能です・・・しかし感情的には?

 

簡単な事ではないでしょう

 

仏教にしろ、キリスト教にしろ、止めるべき

理論はいくらでも展開されています

 

しかし、どうしても収まらない怒りを抑える

力は理論にはありません

 

 

問題が感情にあるからです・・・これは業の

問題なのです

 

復讐の虚しさというのは、それを実行しても

元の状態には戻らないし、相手はこちらの

苦しみを理解もしないというところにあります

 

だから、本当に復讐は意味をなさないのです

けども、やらずにおれない感情は消えません

 

 

どうにかならないものでしょうか?

 

間違いなく阿弥陀仏に救われているなら、

それは解決されるでしょう

 

ですが、阿弥陀仏に救われるには、感情が

そこまで成熟していなければなりません

 

この点を、今この瞬間の救いという念仏すら

いらないと主張する人は考慮していません

 

ただ、ああ救われたありがたや~・・・となって

いても、自分の身内が殺されたら、幸せな気分

は一気に吹っ飛び、殺意が芽生える事になる

でしょう

 

もし、感情の熟成は必要ないのだとしたら、

人は何の為に生まれて来て、経験を積む

のでしょうか?

 

人が成長するとはどういう事なのか?

 

よく考えてみるべき案件だと思います