きくち体操の創始者が本日のサワコの朝のゲスト

でした

 

体を動かす時、どう動かすかを意識しないと

効果は無いという事を言っていました

 

 

これは、心の問題にも言えます

 

仏教で教えられる潜在的意識には、末那識と

阿頼耶識があります

 

どちらも意識出来ない意識ですから、どう扱う

かが問題です

 

マナ識は、寝ても覚めても自分の事ばかりを

想っている意識ですから、これが悪を創り出す

根本的な意識だと思ってよいでしょう

 

でも、意識できないのだから、悪をするのは

しょうがないと考えるならば、阿弥陀仏の救い

に遇う事は永遠にありません

 

ちゃんと末那識に対処する方法を仏教は提示

しています

 

 

 

その方法は、善を想う事に心掛けるという事

です

 

つまり、きくち体操でも言われるように、努めて

意識化する事です

 

野口体操では、これを言語化にまで昇華する事

で、無意識の体内の動きを意識して行きます

 

心を修正するのに、意識することなく、何かの

力に任せておけば自然と修正されるように言っ

ているところがあります

 

だったら、人は全てを無意識に任せて、ただの

操り人形でよいとなります

 

 

 

ではどうして、神は我々に自由意志を与えたの

でしょうか

 

唯物論者には人間は自由意志の存在

 

神信心の人には、人間は神の操り人形

 

そして、仏教や神秘主義では人は自由意志を

持つ神の操り人形なのです