昨夜のアンビリーバボーで再確認したのは、障害者

の方の、不器用なまでの純粋さでした


彼らから教えられる事は、人ってこんなに純粋な面を

発揮出来る存在なんだ~・・・という事です

それに比べて、なんと健常者たちは、なんと複雑・珍奇

な生き様でしょう


本来愛し保護すべきである小2の女の子を殺してみたり

 


必要のないタックルをして相手を負傷させる大学生がいたり

 


人生に文句ばかりつけて、何も感謝しなかったり・・・



健常者とは名ばかりの、心の障害者は本当は我々ではないか?

・・・と恥じ入るばかりです



しかし、ここで勘違いしてはなりません

 


我々、一応は健常者と言われている者は、彼らのようになる事は

求められていません

 


自分の行為を、単純・明快にするという事は、決して彼らのようにな

ることではありません(心にはそれは当てはまる部分はあります)



健常者の使命は、彼らに対して仕事を与えたり、保護したり、愛して

あげる事です


この世の中には、鬼が沢山います

 


彼らではその鬼に踏み倒され、痛めつけられるだけなのです

 

 
それらの鬼から、彼らを守る慈悲心を発揮せねばなら
ないのです



白米は、玄米より美しいですが、栄養のバランス欠きます


蓮は泥の中から綺麗な花を咲かせるのです


錦鯉は、濁っている水を好むものです



健常者は、この泥の世の中に生きなくてはいけません


白は何にでもすぐ染められてしまいますが、黒は影響をされに

くいものです

玄米のように、外側は雑多な栄養(胚芽部)や必要な食物繊維で

包まれて、中身は真っ白というような者が、この泥の世な中を力強

く生きて行けるのです

もし外皮等をとって、白米のように我々が生きたら、たちまちこの世

の魑魅魍魎の餌食にされるだけ

人間に推理能力が与えられたのは、この世で生きる為です


しかしこれが、我々を複雑なものにし、難解な者にもしていまい、本来

間違いを犯さない為にあるのに、間違った選択に導かれる事が多い

 
いやはや、人とは難儀な生き物ですなぁ~・・・