法然の、死後の極楽往生は

 

 

念仏して生きる者は、死ぬとき必ず阿弥陀仏

が迎えにやって来てくださる

 

 

だから、精一杯生きて、死ぬのを恐れるな!

 

 

・・・というメッセージでした

 

 

 

 

しかし、これはすぐに曲げられて、死んだら

極楽行けるのだから、この世で辛いのは我慢

しよう・・・

 

 

と受け取られて、今日まで来ています

 

 

 

 

親鸞は、この法然の教理を発展させ、極楽往生

はこの世で生きたまま出来ると発信しました

 

 

 

 

往生に肉体は関係なく、心が往生するのだから、

この世で往生は決定する・・・

 

 

・・・と主張しています

 

 

 

 

しかし、これも現真宗教団により、実に消極的

往生論にすり替えられてしまいました

 

 

 

 

念仏の意味もまた混迷してしまいました

 

 

 

 

悟りを開くための仏教が、迷いを生み出す元

となってしまっているのは、他の宗派も同じで

 

 

 

 

どこを探しても善知識などいない・・・

 

 

どこにも同志も見当たらない・・・

 

 

そんな時にこそ、もっと求めるべきです

 

 

必ず求めに応じて貰えるはずです

 

 

 

探し続ける事が、仏道です

 

 

見つかった!と安心したら罠にハマった

と思ってくださいね(笑