日曜日。。
ついに我が家にインフルエンザが襲来ーー;
子供がもらってきた。。
心なしか間接が痛いような。。
時間の問題か。。
動画の整理を少しづつしています。。
またよろしくお願いします^^
インフルと聞くと思い出す。。
インフルエンザではないけど
子供がまだ2歳くらいでやっといろいろしゃべりはじめたときでした。。
下の子が熱を出し、病院に1週間ほど入院をしました。。
小さな手に点滴をして。。
経過も良く、退院したのですが。。
数日すると、また熱が続く。。
仕事から帰ると、かみさんが、子供の様子がおかしいと。。
病院に電話していた。。
見てみるとうつらうつらして白目になることが。。
行きつけの病院からすぐに来てくださいということで子供を車に乗せる。夜の9時頃だった。。
出来るだけ揺れないようにと思いながら少し急ぐ。。
病院までは車で10分程。。半分くらい来た所で痙攣が。
かみさんはパニックに。。
いけないと思いながらスピードを上げ、信号無視もした。。
その時のかみさんの声は今でも忘れない。。
病院に着くと、すぐに看護婦さんへ子供を預ける。。
だれもいない待合室に上の子と2人。。
かみさんは下の子についていったまま。。
30分くらいした頃、看護婦さんに呼ばれる。。
入っていくと、入院していた時の先生がいて説明をしてくれる。。
説明を聞くと髄膜炎。。
髄膜炎でも2種類があり、インフルエンザ菌の重いほうではということだった。。
かなりの可能性で後遺症が残る場合がありますと。。
明日、少し大きな病院に転院の手配をしてくれたと。。
ありがとうございますと深くお辞儀をしたのを覚えてる。。
そのあと、かみさんから、その先生は、子供が小さい頃からの先生で、子供が退院してからも気にかけてくれてて、その日は宿直ではないのに病院にいたのだと聞き感謝の気持ちでいっぱいになったのを覚えてる。。
次の日に転院して4週間の入院。。
かみさんもいっしょの病室に泊まる。。
その頃は仕事の融通もきき、毎日、病院に行くのが日課だった。。
その時に一番辛かった事はパパ、ママとしゃべり始めた時。。
1週間しても、泣くばかりでしゃべらなくなったことだった。。
2週間が終わった頃、ママと言う様になったよと、かみさんさんから言われた時は涙が出た。。パパはまだ。。
いろんな方に良くしてもらい、後遺症もなく退院することができた。。
あの頃の記憶。。
立つこともできなく泣いてばかりいた下の子。。
上の子と病院の花壇に座りボーっと空を見上げてたこと。。
看護婦さんが書いてくれた子供の点滴を抑える包帯のアンパンマン。。
点滴を手に持ち、笑いながら、かみさんと食堂に入って来た下の子。。
元気になった下の子と疲れきったかみさん。。
洗濯物が散乱した、散らかった部屋と洗い物の山の台所。。
その中で、上の子と横になりながらトルネコをする2人。。
退院するときに、笑顔で見送ってくれたかわいい看護婦さん。。
パパ!!といってくれた下の子。。
十数年前の話。。
久しぶりに思い出した。。