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風邪/

ひさびさに風邪をひいてしましました。


今回は別にしんどいことはないんですが

ひたすらに声が出ない・・・


仕事上、一日中といっていいほどしゃべらないといけない仕事なもんで

かなり厳しい状態です。



今日は、週に一度のケーススタディ。

所用で若干遅れていきました。


今日は大腿骨頚部骨折人口骨頭置換術後の患者さん。

なかなかバランスの評価は難しいとあらためて感じました。


自分はなかなか問題点をしぼることがまだできていない。

実際に問題点はひとつに集約されるようには思えていないというのも原因だと思います。

もう少し臨床の中で見ていく中で考えが変わるかどうかはわかりませんが、

評価のつながりを意識して治療を進めたいです。


あと、性格筋活動の評価、触診もしっかりしないといけないなぁと思っています。

自分の納得できる勉強の進め方と、病院の人の考え方/進め方にギャップが少しある気がしてます。

自分にない部分が多く学べるのでそれはいいのですが、

やはり10年、20年と働くばしょではないなと改めて感じました。


まずは近い目標に向けて努力していきたいと思います。


体と心

人の体は脳に支配されているのか、体を維持するために脳があるのかという話があります。


脳があって体のない生物はいないということから、

体のために脳があるのではと考える人もいます。


蝿やミジンコのような小さな生物には脳はないが

外敵を避けるために何らかの反応を起こしています。


それは、身体の情報(体性感覚)やそれにもとづいて

快、不快が分別されている可能性があるらしいです。


人の体はもっと複雑で、中枢神経、さらにはもっと複雑な視覚、聴覚、固有受容感覚など

さまざまな要素がさらに絡んできます。

体からの情報だけでなく、中枢神経からの情報に対しても

「快」「不快」を弁別し、それにたいして過去の経験に基づいて修飾されて


「情動」そして「感情」を生み出していっているという仮説が今あります。

このような考え方をした人として有名なのがアントニオ・ダマシオ氏です。

彼の有名なソマティックマーカー仮説については後日まとめます。



中枢神経疾患では特にそうですが、病気になってから性格が変わったとか言われる方も多くいるようです。

いわゆる「心」というものは一般的には脳によって生み出されていると思われることも多いですが、

このような視点から考えると、さまざまな情報を受け取る身体なしでは心について語れないと思えます。


病気をする前の身体の状況と、病気をしてからの身体の状況が変わっているにもかかわらず、

脳はそれに対応することができていない状況が生まれます。

そのギャップがどのような形で現れるかは人によって違いますが・・・・


片麻痺の人などは特にそうであると思います。

急に発症しそのため、かなり精神的に落ち込まれる方も多いです。

機能が改善することにより徐々に雰囲気も変わってきます。(これもある意味、身体の状況の変化によるのかも)


理学療法士として基本的には機能面へのアプローチを担当することが多いですが、

感覚、運動機能を改善することで、心理面にも影響を及ぼすことができるではないかと思います。


本日開店

学生のころにもブログはしていましたが、社会人になってからはほとんど書いてませんでした。


PT(理学療法士)になって1年半経ち、少し余裕もでてきたので、

自分が考えてることをまとめるために再開していきます。



以前は映画、小説が基本でしたが、これからは日々学んだことについても書けたらと思います。