昔は家族に対して
暴君のように振る舞っていた父
毎日ビクビクしながら
父の顔色を伺っていたあの頃
そんな父もやがて年を取り
気弱になり
昔とは逆に
私達の顔色を伺うようになった
『家族から見捨てられたら
自分独りで生きて行くことが出来ない』
父の胸中にはそんな思いがあったのだと思う
お盆明けに父が体調不良を訴えた
大の病院嫌いの父なので
多少体の具合が悪くても我慢して
決して病院に行こうとはしない
そんな父を心配し
母が病院に連れて行った
しかし検査をしても
原因が解らず
大学病院での精密検査を勧められた
明くる日に激しい腹痛と背中の痛みを訴えた父は
大学病院を受診
黄疸の症状があったため
即入院となった
数日後の検査で
父の病名が明らかになる
末期のすい臓癌だった
肝臓にも転移しており
余命4ヶ月
最早治療の術が無いと言われた
母は担当の医師に
本人には告知しないで欲しいと頼んだのだが
それは出来ないということで
父にも癌であることが告げられた
その日を境に父の顔からは笑顔がなくなり
誰とも口を聞かなくなった
黄疸の治療のため
チューブを胆管に挿入し
胆汁を体外に排出する処置を受けていたのだが
途中で感染症を起こし
ますます体力や気力が衰え
意思の疎通もままならない状態になった
数日前に緩和ケアがある病院に転院したのだが
状態は悪くなるばかり
今までのような黄疸の治療はもう無理だということで
現在、血液製剤の点滴を受けている
癌による痛みも相当激しいようで
医療用の麻薬も投与されている
そのせいか
意識が朦朧としていることが多い
私のことも誰だかわからないようだ
父が癌で余命4ヶ月と知ったときは
過去のことは全て水に流して
最後くらいは
父と向き合い
語り合い
娘らしく接してあげたいと思っていたのだが
今はそれも出来なくなってしまった
50年近く父と寄り添い
父との離婚を何度も真剣に考えていた母がポツリと言った
「生き別れよりも
死に別れのほうが
遥かに辛い」
私は何も言わずに頷いた
今私が出来ることは
父の手をしっかりと握りしめ
ただ祈るだけ
暴君のように振る舞っていた父
毎日ビクビクしながら
父の顔色を伺っていたあの頃
そんな父もやがて年を取り
気弱になり
昔とは逆に
私達の顔色を伺うようになった
『家族から見捨てられたら
自分独りで生きて行くことが出来ない』
父の胸中にはそんな思いがあったのだと思う
お盆明けに父が体調不良を訴えた
大の病院嫌いの父なので
多少体の具合が悪くても我慢して
決して病院に行こうとはしない
そんな父を心配し
母が病院に連れて行った
しかし検査をしても
原因が解らず
大学病院での精密検査を勧められた
明くる日に激しい腹痛と背中の痛みを訴えた父は
大学病院を受診
黄疸の症状があったため
即入院となった
数日後の検査で
父の病名が明らかになる
末期のすい臓癌だった
肝臓にも転移しており
余命4ヶ月
最早治療の術が無いと言われた
母は担当の医師に
本人には告知しないで欲しいと頼んだのだが
それは出来ないということで
父にも癌であることが告げられた
その日を境に父の顔からは笑顔がなくなり
誰とも口を聞かなくなった
黄疸の治療のため
チューブを胆管に挿入し
胆汁を体外に排出する処置を受けていたのだが
途中で感染症を起こし
ますます体力や気力が衰え
意思の疎通もままならない状態になった
数日前に緩和ケアがある病院に転院したのだが
状態は悪くなるばかり
今までのような黄疸の治療はもう無理だということで
現在、血液製剤の点滴を受けている
癌による痛みも相当激しいようで
医療用の麻薬も投与されている
そのせいか
意識が朦朧としていることが多い
私のことも誰だかわからないようだ
父が癌で余命4ヶ月と知ったときは
過去のことは全て水に流して
最後くらいは
父と向き合い
語り合い
娘らしく接してあげたいと思っていたのだが
今はそれも出来なくなってしまった
50年近く父と寄り添い
父との離婚を何度も真剣に考えていた母がポツリと言った
「生き別れよりも
死に別れのほうが
遥かに辛い」
私は何も言わずに頷いた
今私が出来ることは
父の手をしっかりと握りしめ
ただ祈るだけ