自転車に乗って
今日は夕方に少し用事があって出かけた。今日はよく晴れていてすっかり夏を先取りするかのような暑さで、その中を自転車で颯爽と走ったとて生ぬるい風がほほをなぞるばかりで、心地よいとは言いがたい。冷房の効いていると思われる自動車がそんな私をぐんぐん追い抜いて行く。
しかし自転車の旅(といえる程ではないけど)というのは、目的が決まったところでプロセスが楽しくなる。自動車は扉を閉めてから目的地までは室内であるからして、街の空気を感じる事は出来ない。しかも道路標識に左右されなくても良い自転車というのは、一時間における走行距離こそ自動車にはかなわないものの、その小回りの良さは他の乗り物に追従を許さない。
今日も長崎十字会商店街での用事を済ませるべく出かけたのだが、タイミングを逸してその用事を片付けるには至らず、それでもすぐさま目的を変更してペダルを漕ぎ出せるのは、正に自転車にこそ出来る所行と言えよう。
東長崎からUターンして椎名町方面を目指した。このところ豊島区長崎界隈の地域の歴史に関心を抱いている為、図書館から借りた地域の古い文献集を読んだ。昔の絵師が書いた新宿方面から豊島区を見た絵図の中に「鼠山」の存在を見つけた。その場所を記した地図を見ると、旧真和中学校の裏手のあたりが正に鼠山の山頂とされているのだ。私の目的地は「鼠山」になった。
自転車で山手通りの立体交差を潜り、踏切を渡って目白方面へとペダルを進めた。西池袋中学校(旧真和中学校)の横を抜けて行くと坂道が急な場所に出てくる。ここが登山口と認定して山を登り始める。とは言っても自転車でも上れる程度の坂道。臆する事無く進むと、先のほうに鬱蒼とした緑の森が見えてきた。おそらく丁度鼠山の山頂に位置するであろう場所である。その場所こそが豊島区が管理している「目白の森」であった。何度か目の前を通り過ぎた事はあったが、ここが山であると認識してから出会うと趣が違って見えてくるものである。
この鬱蒼とした森がもともと何なのか興味を持ったので、自転車を止めて管理人をしている女性に尋ねてみた。60代と思われる女性は椎名町出身という事で、私が追い求めている千川、谷端川で幼少の頃遊んだ経験があると語ってくれた。目白の森界隈は、徳川家の狩場として有名であった。その為の屋敷を構えていたことからこの地域を「上がり屋敷」とかつては言っていた。西武池袋線の廃駅で池袋~椎名町間に「上がり屋敷駅」があった事は、長崎地域に住んでいる鉄道好きなら有名な話だ。色々話をしてくれたが、薮蚊に足をやられてしまった。また自転車で訪れる旨を伝えて、帰宅の途をたどったのだ。
とにかく自転車は小回りが良い。快適なスピードも、軽快なスピードも自分の思うままだ。それが愛しい。世の中のスピード感が今より少しゆっくりになって欲しい、そう思い続けてきた。それは車社会においては正に自転車のスピードなのだと思う。
手に負えなくなっている原発というテクノロジーのお化けは、かつての日本人が急いで手に入れようとした富が実は幸福ではなかったことを、今回の震災後に表明をしてしまった。亡くなったミュージシャンの故忌野清志郎は80年代からずっと歌で警鐘をならしてきたというのに。そういえば清志郎も自転車の愛好家であったな。
震災時の帰宅困難時に手に入れたのは自転車だった、という事はニュースでも大きく取り扱っていた。私たちが必要なスピード感は本当はこっちであったと気づくキッカケなのかもしれない。
それでも為政者はスピードを取り戻すことこそが復興であり、成長であると言ってはばからない。新幹線のいち早い復旧や、リニア新幹線の着工指示など、また新たなスピードを求めようとしている。少し立ち止まってみようとは思わないのだろうか。
私は今回の「復興」は今まで作り上げた社会を作り変えることこそに本当の「復興」があると思っている。被災地東北のいち早い生活確保は重要だが、その先にある復興はその地域の人達で切磋琢磨し、見合ったスピードで行って欲しいと願っている。国や私たちはそのサポートをする事も大事だが、私たち自身の地域社会にも目を向けて、東北と共に日本社会自体の「復興」を目指すことが大事だと思うのである。
だからこそ自転車に乗り換えて、自分の所属している市区町村を走ってみてはどうだろうか。今まで知らなかった事や新しい出会いがそこにはあると思う。こんな道、あんなお店、ものすごい坂、埋め立てられた川、お屋敷の深い森など、良いものを見つけたら直ぐに立ち止まってじっくり見ればいい。夕暮れになったらライトを点灯させて帰宅すればいい。それが出来るのが自転車なのだ。
社会はその位小回りのきくものが正しい。町会や、商店会、さらに言えばお隣さんとのコミュニティというのは自転車のスピードで十分伝わるコミュニティだ。お金も自動車ほどはかからない。
その位が私には本当に丁度いい。快適なスピードで行こう。
しかし自転車の旅(といえる程ではないけど)というのは、目的が決まったところでプロセスが楽しくなる。自動車は扉を閉めてから目的地までは室内であるからして、街の空気を感じる事は出来ない。しかも道路標識に左右されなくても良い自転車というのは、一時間における走行距離こそ自動車にはかなわないものの、その小回りの良さは他の乗り物に追従を許さない。
今日も長崎十字会商店街での用事を済ませるべく出かけたのだが、タイミングを逸してその用事を片付けるには至らず、それでもすぐさま目的を変更してペダルを漕ぎ出せるのは、正に自転車にこそ出来る所行と言えよう。
東長崎からUターンして椎名町方面を目指した。このところ豊島区長崎界隈の地域の歴史に関心を抱いている為、図書館から借りた地域の古い文献集を読んだ。昔の絵師が書いた新宿方面から豊島区を見た絵図の中に「鼠山」の存在を見つけた。その場所を記した地図を見ると、旧真和中学校の裏手のあたりが正に鼠山の山頂とされているのだ。私の目的地は「鼠山」になった。
自転車で山手通りの立体交差を潜り、踏切を渡って目白方面へとペダルを進めた。西池袋中学校(旧真和中学校)の横を抜けて行くと坂道が急な場所に出てくる。ここが登山口と認定して山を登り始める。とは言っても自転車でも上れる程度の坂道。臆する事無く進むと、先のほうに鬱蒼とした緑の森が見えてきた。おそらく丁度鼠山の山頂に位置するであろう場所である。その場所こそが豊島区が管理している「目白の森」であった。何度か目の前を通り過ぎた事はあったが、ここが山であると認識してから出会うと趣が違って見えてくるものである。
この鬱蒼とした森がもともと何なのか興味を持ったので、自転車を止めて管理人をしている女性に尋ねてみた。60代と思われる女性は椎名町出身という事で、私が追い求めている千川、谷端川で幼少の頃遊んだ経験があると語ってくれた。目白の森界隈は、徳川家の狩場として有名であった。その為の屋敷を構えていたことからこの地域を「上がり屋敷」とかつては言っていた。西武池袋線の廃駅で池袋~椎名町間に「上がり屋敷駅」があった事は、長崎地域に住んでいる鉄道好きなら有名な話だ。色々話をしてくれたが、薮蚊に足をやられてしまった。また自転車で訪れる旨を伝えて、帰宅の途をたどったのだ。
とにかく自転車は小回りが良い。快適なスピードも、軽快なスピードも自分の思うままだ。それが愛しい。世の中のスピード感が今より少しゆっくりになって欲しい、そう思い続けてきた。それは車社会においては正に自転車のスピードなのだと思う。
手に負えなくなっている原発というテクノロジーのお化けは、かつての日本人が急いで手に入れようとした富が実は幸福ではなかったことを、今回の震災後に表明をしてしまった。亡くなったミュージシャンの故忌野清志郎は80年代からずっと歌で警鐘をならしてきたというのに。そういえば清志郎も自転車の愛好家であったな。
震災時の帰宅困難時に手に入れたのは自転車だった、という事はニュースでも大きく取り扱っていた。私たちが必要なスピード感は本当はこっちであったと気づくキッカケなのかもしれない。
それでも為政者はスピードを取り戻すことこそが復興であり、成長であると言ってはばからない。新幹線のいち早い復旧や、リニア新幹線の着工指示など、また新たなスピードを求めようとしている。少し立ち止まってみようとは思わないのだろうか。
私は今回の「復興」は今まで作り上げた社会を作り変えることこそに本当の「復興」があると思っている。被災地東北のいち早い生活確保は重要だが、その先にある復興はその地域の人達で切磋琢磨し、見合ったスピードで行って欲しいと願っている。国や私たちはそのサポートをする事も大事だが、私たち自身の地域社会にも目を向けて、東北と共に日本社会自体の「復興」を目指すことが大事だと思うのである。
だからこそ自転車に乗り換えて、自分の所属している市区町村を走ってみてはどうだろうか。今まで知らなかった事や新しい出会いがそこにはあると思う。こんな道、あんなお店、ものすごい坂、埋め立てられた川、お屋敷の深い森など、良いものを見つけたら直ぐに立ち止まってじっくり見ればいい。夕暮れになったらライトを点灯させて帰宅すればいい。それが出来るのが自転車なのだ。
社会はその位小回りのきくものが正しい。町会や、商店会、さらに言えばお隣さんとのコミュニティというのは自転車のスピードで十分伝わるコミュニティだ。お金も自動車ほどはかからない。
その位が私には本当に丁度いい。快適なスピードで行こう。
今月のお休み
やきとり王子です。
ご無沙汰しています。久しぶりの更新です。
6月の休業日をお知らせします。
6月 6日(月)
13日(月)
20日(月)21日(火)
27日(月)
今月から月に一回月~火で連休を頂きます。
連休を取ることで、今まで出来なかった事をやるチャンスが増える分、しっかりとやきとりキングにもフィードバック出来るのではないかと期待しています。
みなさまどうぞよろしくお願いいたします。
ご無沙汰しています。久しぶりの更新です。
6月の休業日をお知らせします。
6月 6日(月)
13日(月)
20日(月)21日(火)
27日(月)
今月から月に一回月~火で連休を頂きます。
連休を取ることで、今まで出来なかった事をやるチャンスが増える分、しっかりとやきとりキングにもフィードバック出来るのではないかと期待しています。
みなさまどうぞよろしくお願いいたします。
区長を変える会の活動
街頭で意見広告のビラを配っている。その時に声を上げて訴えていることがある。「今回の統一地方選挙後半戦は未来に繋ぐ大事な選挙です」と。
今、世間では「選挙どころではない」という空気が流れている。勿論あれだけの震災が東北を襲い、福島で原発がヤバイ状況にあれば、それ以外の事を考えるのは大変かもしれない。
しかし国会ではその選挙スケジュールが改定される事は無かった。
否応なしに選挙はスケジュールどおり行われる。こんな状況の中だから派手な選挙活動も出来ないし、マスコミなどで「選挙なんてやっている場合じゃない」と宣伝するものだから、どんどん関心が薄れていっているよう。事実、東京都知事選挙は全くといっていいほど盛り上がらず、論戦も無かった上に、結局現職が勝ってしまった。
街頭やると1人、2人必ず「え?選挙またあるの?この前行ってきたばかりだよ?」と言ってくる位だから。
本当に地方の首長、議員選挙への関心は薄い。あれだけ国政に関心を注いでいるのに、自分たちの足元の状況には余りにも無関心なのである。それは以前までの私も同じで、たまたま昨年来「豊島区新庁舎建設問題」に関心を抱いたから今に至っているに過ぎないのだ。
でも、国や都は変えるのが大変だが、「豊島区なら変えられる」
そう思っている。
反対に「豊島区が変わらなければ、日本が変わるわけない」とも言える。
ところで豊島区というのは単身世帯が多いと言われている。家賃が安い上に都心部に出やすい為、学生さんや独身者が住まうには丁度よいといえる。私はそういう人にこそ選挙に参加して欲しいと思っている。
「自分はよそ者で豊島区の事には関心が無い」という人も多いだろう。しかしもしかしたらアナタの終の住処が豊島区になる可能性はある筈だ。また、大事な友達が家族を連れて豊島区で生活を始めるかもしれない。その時先に豊島区で住まうアナタが胸を張ってよい場所だと伝えられた方が良いはずだ。
豊島区の選挙は豊島区だけの問題ではなく、日本全体、日本人自体の問題なのだ。それは勿論逆だって言える。
豊島区の方向性がどうあるべきか。それが今度の選挙で問われる。現豊島区長・高野之夫氏(73)が進める東池袋に高層の新庁舎兼住宅を建設し、「新宿、渋谷に負けない都市・池袋を作る」方向が良いのか、無所属・現豊島区議の日野克彰氏(49)が提唱する「中央(池袋)集権では無く各地域ごとに自分たちで築き上げられる社会」、全く新しい豊島区の形が良いのか。または共産党推薦のしまだ紀子さん(69)が良いのか。
私たち「区長を変える会」は日野克彰氏のチャレンジをサポートしている。先日、学生メンバーは自ら巣鴨で演説をした。それぞれの立場で出来る限りの事をする。所謂後援会とも少し違うかもしれない。
私は日本の商人にある「政治の話題はご法度」を壊そうと思う。商いをしていて社会に関わる以上、政治の話を公に出来ないというのは、とても不健康な社会だ。色々な立場の人がそれぞれの立場で政治について議論を戦わせられる、そんな寛容のある社会を作り上げる事が私の理想であり、日野さんとのリンク点なのである。
私の思いを繋いぐチャレンジが間もなくスタートするのだ。ワクワクしている。
今、世間では「選挙どころではない」という空気が流れている。勿論あれだけの震災が東北を襲い、福島で原発がヤバイ状況にあれば、それ以外の事を考えるのは大変かもしれない。
しかし国会ではその選挙スケジュールが改定される事は無かった。
否応なしに選挙はスケジュールどおり行われる。こんな状況の中だから派手な選挙活動も出来ないし、マスコミなどで「選挙なんてやっている場合じゃない」と宣伝するものだから、どんどん関心が薄れていっているよう。事実、東京都知事選挙は全くといっていいほど盛り上がらず、論戦も無かった上に、結局現職が勝ってしまった。
街頭やると1人、2人必ず「え?選挙またあるの?この前行ってきたばかりだよ?」と言ってくる位だから。
本当に地方の首長、議員選挙への関心は薄い。あれだけ国政に関心を注いでいるのに、自分たちの足元の状況には余りにも無関心なのである。それは以前までの私も同じで、たまたま昨年来「豊島区新庁舎建設問題」に関心を抱いたから今に至っているに過ぎないのだ。
でも、国や都は変えるのが大変だが、「豊島区なら変えられる」
そう思っている。
反対に「豊島区が変わらなければ、日本が変わるわけない」とも言える。
ところで豊島区というのは単身世帯が多いと言われている。家賃が安い上に都心部に出やすい為、学生さんや独身者が住まうには丁度よいといえる。私はそういう人にこそ選挙に参加して欲しいと思っている。
「自分はよそ者で豊島区の事には関心が無い」という人も多いだろう。しかしもしかしたらアナタの終の住処が豊島区になる可能性はある筈だ。また、大事な友達が家族を連れて豊島区で生活を始めるかもしれない。その時先に豊島区で住まうアナタが胸を張ってよい場所だと伝えられた方が良いはずだ。
豊島区の選挙は豊島区だけの問題ではなく、日本全体、日本人自体の問題なのだ。それは勿論逆だって言える。
豊島区の方向性がどうあるべきか。それが今度の選挙で問われる。現豊島区長・高野之夫氏(73)が進める東池袋に高層の新庁舎兼住宅を建設し、「新宿、渋谷に負けない都市・池袋を作る」方向が良いのか、無所属・現豊島区議の日野克彰氏(49)が提唱する「中央(池袋)集権では無く各地域ごとに自分たちで築き上げられる社会」、全く新しい豊島区の形が良いのか。または共産党推薦のしまだ紀子さん(69)が良いのか。
私たち「区長を変える会」は日野克彰氏のチャレンジをサポートしている。先日、学生メンバーは自ら巣鴨で演説をした。それぞれの立場で出来る限りの事をする。所謂後援会とも少し違うかもしれない。
私は日本の商人にある「政治の話題はご法度」を壊そうと思う。商いをしていて社会に関わる以上、政治の話を公に出来ないというのは、とても不健康な社会だ。色々な立場の人がそれぞれの立場で政治について議論を戦わせられる、そんな寛容のある社会を作り上げる事が私の理想であり、日野さんとのリンク点なのである。
私の思いを繋いぐチャレンジが間もなくスタートするのだ。ワクワクしている。