妙法浄庵の碑です
説明の看板によると
京家新田浄庵さんとして祀られていた碑を八坂小学校建設に伴い移転したところ、移転に従事した関係者が次々となくなった。![]()
移転先が不明となっていたので、有志により妙法浄庵の碑をこの地に建立したとの事
しかし、この看板、結構古い
妙法浄庵の碑蔡祀由来
徳川時代の中期(今から300年前)京都より太田某氏が来られ、その当時よりこの地にあった、庵寺の住職浄庵さんと共に上京家新田(三町歩)下京家新田(三町歩)(現在八坂小学校所在地)を開墾されました。
太田某氏、京に帰られた後、浄庵さんは過労にたおれ持病の喘息に苦しみながら他界せられたと云うことです。
以来、当時の京家新田の地主や農家の人達の寄進により京家新田浄庵さんとして祀られていました。
その後、喘息や咳に苦しむ人々を救うこととなり、ご利益を受けて全快のお礼参りに訪れる人の数も増し、その名も次第に高く、昭和20年頃より8月15日を祭礼日と定め子供角力等で賑わいましたが、次第に宅地が増え昭和25年には八坂小学校の建設用地となり、やむなく移転する事になりました。
ところが、その移転に従事された人々が不慮の死を遂げるなど次々に不思議なことがおこり種々噂されました。
其の頃浄庵さんを深く信仰する人々が各地より、病気全快のお礼に訪れ、移転先が判らぬため大変嘆かれたとか、そこで今般有志の方々の手により当時の市長の許可を得て、妙法浄庵の碑をこの地に建立し、浄庵さんの霊を慰め、徳を忍び又喘息や咳に苦しむ人々のために盡すこととなりました。
祭礼日は8月18日東築山町々内会で行ふ
昭和51年8月吉日
祭祀代表者東築山町々内会長
運動場の近くです
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