「またあいつ1人かよ」

中学に入学してから一ヶ月が経って、クラスの雰囲気が出来上がってきた頃、一人の生徒が目をつけられた。

その理由はとても簡単で、ただ一人で行動してる。ってだけだ。

一人にさせたいなら一人にさせればいい。一人にされて僕らになにか影響があるのだろうか?答えは簡単だ。僕らに影響なんかこれっぽっちもない。そんなに1人を気にかけるのならば、話しかければいい。そしてそいつを一人じゃなくせりゃあいいだろ?

そんな事なのに、誰1人動こうとしない。

人は、ただの見物人だ。

自分に得がない限り動こうとしない。優しいやつって言うのは簡単にはそれしか接し方を知らない奴への言葉だ。


「優しい以外の印象は?」

クラスのみんなから優しいと評判の人物がいたとしよう。そして僕が先ほどの質問を投げかける。 

……答えはでたろうか。

ほとんどの確率で出ないと思うが。

優しい。って言うのは自分に得があったことを他人にしてもらった時にいう言葉だ。人助けだって、助けを求めている人に情を移していない限り他の人が助けたってただの出来事にしか過ぎない。

ある教師が言った。
「女子は自分を守るために集団を作る」と。それは詰まり嘘の集団からってことだろうか。僕は男だし、そんなこと知りたくもないが、女子ほど恐ろしい生き物はいないだろう。

男への褒め言葉、優しさは計算だ。それが分かってても引っかかる男がいるから女はそれを続ける。

じゃあなぜ人は恋をしたいと思う?恋人が欲しいと思う?恋人を持ってる人を羨ましいと思う?

その答えは、一人にならないためだ。

それは死後とか未来の為ではなく、自分のためだ。ただ一人でいるのが寂しく、物足りなく、惨めだと感じ、誰かを「愛する」と言う都合のいい感情を利用とし一人で生きていくのを避けるための手段でしかない。

好きな人とは話せない?話したい?一緒にいたい?恥ずかしい?知って欲しい?知って欲しくない?どれだけ矛盾を持てば気が済む?そんな矛盾ばかりの感情は未完成だから起きるのだ。

人を好きになるという感情は昔からあるらしいが、昔から人は孤独を恐れているのだ。恐れ、羞恥、人を知る。

孤独はどんなになったら孤独になる?

君たちは一生、一人と言う時間を作らないのかい?

いや、人間には絶対一人のという時間がある。

周りに人がいる?じゃあ一人で行動する時だって周りに人がいるじゃないか。

一人と言うのは、人によって時間が違うのだ。それがただ、家か学校か、職場か。と分かれているだけに過ぎない。

お風呂やトイレでも誰かと行動するか?同じ個室に入るか?

入らないだろ?

人は一人で行動するんだ。

だから一人でいることを恥ってはいけない。

一人でいることはその時間を自立しているのだ。

ただ、一つ言っておきたいことがある。

人は1人では生きていけない。

矛盾しているだろうが、それが事実だ。

僕が何を言いたいかって?

さぁ?

それは、この文を読んでる君たちにしかわからないことだ。

じゃあ最後に。

周りが騒ぎ立てるから1人がダメになってるだけなんだ。1人とは自立である。もし、本当に一人で困っているのなら助けをするか呼べはいい。しかし、集団で行動することがいい訳では無い。集団に本当の絆はないのだ。

残り限られた時間を自分が思うままに生きてみるのがいいのかもしれない。