今からちょうど五年前の二時半頃。私は教室の窓から見える桜の木を眺めていた。まだ淡い桃色にはなってはいなく、緑の葉と枯れ木のような薄暗い灰色の肌の木。
 外は静かに動いていた。葉のこすり合う音は聞こえないけど、耳にははっきり聞こえる。
  いつもと変わらない景色。春の前の景色。緑の景色。揺れる景色。近くの景色。

「なので、「同様に確からしい」と言える。ここまではいいか?」
 雫原先生は私たちに問いかける。
 確率は意外と好きかもしれない。なんでって言われたら答えられないけど、証明と違って実用性がある。
  当たりくじだって確率を求めようとすれば求められる。だから何かと必要だと私は思っている。
「先生ー。同様に確からしいを等しいにしてはいけませんか?」
「先生は三角にするけど、入試には罰にされると思うから、「同様に確からしい」と覚えた方がいいかな。」
「ありがとうございます。」
 
成績優秀の拓巳君はいつも明るいしみんなから慕われている。
「じゃあ問1を説いてみろ。45分までな。」 
「ちょっ。先生あと二分もないじゃないですかー。」
「無駄口叩く前に問題説け。それじゃ一分おまけしてやる。」
  雫原先生はどこか私たちが小学校の時に教わっていた原石先生に似ている。年代は多分雫原先生の方が5,6歳若いと思うが、40代だからだろうかあまり5,6歳の違いはわからない。
「なぁ、美風。明日卒業式だな。」
「そうだね。」  
  隣の席の優太君は、ノートの上で走らせていたシャーペンを止め、話しかけてきた。
「なんで今日じゃないんだろうな。毎年金曜日なのに。」
「さぁ?何でだろうね。でも言いじゃん。月曜日振休だし。」
「まぁ、そうだな。」 
「あっ、あとさ___。揺れた?」
「え?」
「さっき地震起きなかった?」
「そう?それよりなんか言いかけてなかった?」
「え?あぁ、えっと・・・」
「地震だ!!」
「机の中に!!」
  拓巳君の耳に響く声にみんなが反応し、先生が指示を出す。
「職員室に行って来ます。すぐ戻ってくるのでそのままでいてください。」
  先生は教室のドアすべてを開けてから、教室から去った。
  その瞬間に教室はざわつき始めた。
「教室から出た方が良くないか!?」
「そうだな!建物が倒れたり、津波が来たら大変だ!」
「早く逃げよう!!」
「ちょっと待てよ!!」
「なんだよ。拓巳!」
「先生はここにいろと言った。先生の指示に従うべきではないのか!?」
「なら、残りたいやつはここにいればいい。俺はでる!」
  教室の机下から論議がはじまる。放送は最悪の事に1週間前から壊れている。明日修理終了日なのに__。
  教室はまだ激しく揺れる。棚の上にあった紙類やバックは次から次へと落ちてくる。
  恐い・・・。建物が今、この瞬間に沈み、私たちを押しつぶしそうだ。移動したい。逃げたい。この場から逃れたい。
  恐い恐い恐い恐いコワイコワイ___。
「大丈夫。落ち着け。」
  私の机と隣り合う机の方から暖かい感触が手に触れた。さっきまで感じていた手のかすれた暖かい感触ではなく、しっかりと握られている感じ。
  ゆっくりと机の脚を支えている手に視線をやった。そこには二つの手があった。一つは私の小さい手。あとはしっかりとした大きい手。その手は頭の中の感触と一致する手。
「優太・・・君?」
「汐里ちゃん。大丈夫。」
  優太君はまっすぐ前を見てる。私は手を支えてもらうほど顔に出していたのだろうか。
「・・・大丈夫。」
  優太君は私を気遣ってくれた。あと多分、自分に言い聞かせている。「大丈夫」「恐くない」「絶対大丈夫」」って。
  なにか・・・私が優太君にしてあげられること・・・。
「きっと大丈夫。きっと、きっと。」
  言葉が見つからない。わからない。こんな言葉しかわからない。こんなんでいいのだろうか。未熟な自分。
「ありがと。」
  少し微笑んでいた。大丈夫。きっと大丈夫だから。


「おい!待てよ!」
  拓巳君の声が地震の音以上に響く。なにが・・・。
「俺らは行く。お前らはここで息絶えてろ。」
  先生・・・。
「あなた達なにをしてるんですか」
「「先生」」
「雫原先生からここにいろと言われたはずですが・・・。説教は後でします。一回しか言わないので、皆さんよく聞いてください。」
  私たちの担任の先生は河原先生。女性の国語教師。
「いまから屋上に行きます。学級委員を中心として移動してください。」