■「早春賦」
雪は
匙で掬いたい霙氷のように
アスファルトを覆った
仕事明け 休日の街に
まだ
ざくざくと降り積もる
幼い頃は もっと
積雪日が多かった気がする
指に霜焼けができても
雪のなか
外で遊びたがった
いくつになっても
好きな物は あまり変わらない
思い出は
長く 苦しかった日々を
跳び抜かし
幸せな時期ばかり
映しだす
帰路の女子校あたり
ふと気づくと
人っ子ひとりいない
休日でも
こんな事 あっただろうか
廃都のような住宅街を
ざくざくと歩きながら
昔の正月の早朝のようだ
と
少し せつない
早春に
僕は幸せで
あたりまえだった
あたりまえ
ではなかったのだ
と 気づいた時から
級友達がそれぞれに
稔りの支度をしていた
十年余りを
僕は
ただ 家族のために
時間と体力と金銭と
若さと
すべてを費やして
そして、
なにも、
残らなかった
悔いた事など
ないのだけれど
ある人と出逢い
淋しかったのかも知れない
と 思った
淋しさが
恋の夢を孕み
淋しさが
愛の幻を生んだのではないか
と
自分の気持ちを
ひととき疑った
雪を踏んで歩く
もっとどかどかと降り
もっとざくざくと積もると
嬉しい
けれど
その人の往路と帰路が
ぬかるむのは
思うだけで苦しい
その人が傘もなく
濡れるのは
思うだけでいたたまれない
好きな物は
幼い頃と あまり変わらない
けれど
もっともっと大切な
何かが現れ
僕は
昼過ぎには晴れるといいな
と
思う僕に変わってしまった
この先
もう何も変わらないと
完了していた僕を
変えてくれたその人を
愛おしく
愛おしく思うように
この歳になって
変わってゆく僕を
僕は
少しだけ 慈しんであげたい
その変質が
他人任せと謗られようが
もはや成長とは
呼べないものと嘲われようが
その人と会い
二年を経て
今は もう疑わない
夢であっても 幻であっても
夢でなく、
幻でなく、
その人を想い
僕は歩いている
思春期のお伽話にさえ
神様が与えてくれなかった、
美しいその人を
ただ、ただ、
見つめていたい、と
優しいその人を、
ただ、ただ、
慕っていたい、と
そんな
真っ白な想いに包まれて
幼い日の早春のように
僕は満ち足りて
凍りつく
無人の路地をゆく
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