感動と不安 | 田尾 真一 宇宙と繋がる

田尾 真一 宇宙と繋がる

宇宙そしてスピリチュアリティーを通して見つめる自分
人生への気づきにつながるための自分のあれこれを見つめるブログ

感動は自分の中の感情が震える瞬間です

 

この感動というものは

自分の感情が何かに刺激を受けて震えるので

衝撃的でもあるのですが

その分判断する材料としては

適切でない場合があるという

見方が大切です

 

人は感動するものこそが

良きものと思い込みやすい

 

しかし

例えば

感動的なスピーチを聞いて

そのスピーチをした人を信頼して良いか

信用して良いかは別の話

 

というか

ここを分けて考えなくなても良い

となってしまうのが

感動というもの

 

感動は受けた衝撃の出どころとの関係として

受けた先の発信側の何に震えたのかを

知るのは難しいもの

 

そこで

感動は自分の中のなにかが

出たがっていたと考える方が

良いことがほとんど

 

自分がどこかで求めていて

手に入らなかったものが

目の前に現れると感動する

 

それをどう捉えるかは気をつけなくてはいけない


例えば

デズニーの映画で

自分を大切にした方が良いという

ヒロイン二人の痛快なアニメを見ると

感動が強く上がってくるということは

それだけ日ごろ自分を大切にすることが

出来ていない事が多い

 

逆に自分を大切にすることが

出来ている人にしてみれば

そのような映画を見た時には

「あ~今誰しもが自分を大切にした方が良い

というキャッチフレーズに弱いんだな~」

と捉える

 

何故なら

エンターテインメントのほとんどが

受け取る側の不足を埋めればヒットすることが

わかっていて作っていることを

日ごろ自分を大切に扱っていれば

感じてしまう

 

それだからと言って

デズニーのアニメが良くないということではない


そういう見方をしても

エンターテインメントとして

楽しめるものであることを

とやかくいうものではない

 

感動というのは自分の中の欲しかったものが

現れれば大きく震えるのは当然で

そういう捉え方の方が良い

 

私はサラリーマンをやめて

始めてバリに行った時に

海沿いの崖の上のレストランの

そのあまりのスケールと美しさに

こんなところに来たかったという強い思いが満たされ

そこでサザンの真夏の果実の

ギターの生演奏で流れて

思わず号泣してしまい

 

知り合いのバリに住んでいることも影響して

本気でバリで暮らそうかと考えたものです

 

しかし他のことを考えると

決してバリで暮らすことは

私にはできるものではない

 

感動は楽しいものでもあるのですが

気を付けた方が良い理由として

不安や不満の裏返しであることが多いもの

 

自分の不足や葛藤

フラストレーションやスロトレスの

反動であったりするのです

 

日頃からその辺りを認識して過ごしていると

自分の感動というものに対しても

どのように受け止めると良いかはわかってきます

 

それこそ自分を知る事にも繋がっていて

感動というものが激しい必要は無く

奥の方でビンビン来たものに対して

これは自分にとってどのようなサインであるか

がわかり

時には興ざめするようなこともあるし

自分のものにするべきサインであると

感じたりもする

 

感動が自分自身であるかどうかがわかるのです


不足は自分自身ではない

 

自分自身のものである時

それは不足からではないものとしては

純度が高くなっている時

 

自分のクオリアが上がっていく感じの時

というものがわかる時にはわかるのです

 

感動をしっかりと受け取って行くようにするのは

感動を疑いましょうということではなく

 

そこまで感動という感情の衝動のクオリアを

扱うことは

方向性を見極めるのに役に立つものにしていくことで

純粋に振動を味わうことができると言えるのです。



 

 








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