ギフト インフルエンザ そして、想い溢れる日 | 田尾 真一 宇宙と繋がる

田尾 真一 宇宙と繋がる

宇宙そしてスピリチュアリティーを通して見つめる自分
人生への気づきにつながるための自分のあれこれを見つめるブログ

長らくブログができませんでした。



 

人生初のインフルエンザにかかってしまったのです。



 

39度の高熱の後、よほど疲れがたまっていたのか2週間近くも頭がぼーっとしてしまい、やらなくてはいけないことをこなすことで精いっぱい。

 



ブログもやりたいのですが病気後のぼーっとしたエネルギーで、書く自信もなくお休みをさせていただいておりました。



 

私の人生で39度の熱が出たことなんて数えるほどしかありません。



 

出たとしても今まではそれほど大したことに感じなかったのですが、46歳となった今凄い衝撃を経験しました。



 

それは39度の高熱中の苦しさという事ではなく、熱を出した後、頭がリセットしたのではというほどの衝撃的な状態を経験したのです。

 



それまでしてきた行動や行動を起こす時に使っていた感情や思考のエネルギーの感覚が思い出せなくなってしまっているのです。

 



病み上がりは誰でもぼーっとします、しかしそういうレベルではありません。

 



本当に自分のやることに対してどう行動して良いかわからなくなってしまったのです。

 



例えば、ブログ。

 



いつも書くことは何んとなくパソコンの前に座り今日のメッセージをくださいと宇宙にお願いしたりします。

 



するとすると書きたいことが出てきてそれをダーと書き出した後、そのままだと文章としてはまったくおかしな文章なのでちゃんと読める文章に、私なりに整えていくという作業だったのですが、その宇宙にお願いするというプロセスができません。




やろうとしてもできないのです。



 

宇宙と繋がるという作業がいつものパターンでできないのです。



 

そしてそれは数日間続きやっとわかってきたのです。

 



それは「繋がる」ということをする必要がなくなったという感覚です。

 



繋がりたいという意図を強く思う必要が無いのです。

 



これは自分の中の宇宙とのつながりの形が変わった瞬間だったことに気づきました。



 

以前は頑張って宇宙と繋がらなくては!と気合入ってやっていたことに気付いたのです。

 



頭の中の不必要な作業が癖になっていていつも一生懸命やっていただけで、無駄な作業が一つやらなくてよくなったのですね。

 



これはインフルエンザのギフト!



 

インフルエンザのデトックスです。

 



これだけではなくもっと色々なデトックスが起きています。

 



ずっとあった頭痛も回復したし(熱出る前は頭のコリがひどくて疲れてくると頭痛がしてました)、身体全体の老廃物が出たのがわかります。

 



一週間は人と会えなかったのでゆっくり寝て目のクマも取れましたし、顔色も血流が戻り緩みました。

 



本当に言葉に出来ないところ含めて凄いデトックスなわけです。

 



ウイルスや人間に害を及ぼす細菌も一見害しかないように思えますが、宇宙には本当にムダなんてないのだと気づかされますね。

 



インフルエンザ万歳です。



 

インフルエンザがいてくれないと休めない人いっぱいいるから流行にまでなるんだと思っています。

 



人間を救うウイルスです。

 



そんな状況の中夫婦の間でもいろんなやり取りもありまして。




おそらく1月31日の満月ブルームーンの皆既月食から立春そして春分に向けてのエネルギーの変化も影響しているのでしょう。ぐわんぐわんなのです。




本当に強力なこの2ヶ月ほどですね!





今日は東日本大震災から7年という日。




僕の人生も東日本大震災を機に急激に動き出した。




当時私レストランの店長をしていて輪番停電の営業の日々の中で仕事を辞めようと決意したのを覚えています。




そしてちょうど仕事を辞めて6年になります。





その後マヤ歴の終わった2012年12月を経て宇宙大激動に本格的に入って行きましたね。




私達ワンアンドオンリータオ株式会社の先駆けライトヒアライトナウを立ち上げたのが3年前の2015年でした。




そして今年、2018年の3月21日私達ワンアンドオンリータオ株式会社初のスクールが開校します。




本当に嬉しいことです。




子供の頃から夢見たことです!




宇宙のこの激動の中にあって人間の社会は豊かなのに幸せ感の無いいびつな状態。




必ずこの世の中を変えていくんだ、日本から自分の周りの人たちからこの日本を変えていくんだという思いが一つ一つ形になっています。




これも、これまで関わってくださった全ての方々のおかげです。




今大阪に来ていてラジオ番組を持つ前の研修を受けています。




そこで『ありがとうを言おう』というコーナーがあります。




そこで僕は失踪した父にありがとうを言いました。




私が28歳の時、私とと借金のことで話し合った翌日に家に帰らなくなった父のこと、これまでは何の感情も持ち合わせていませんでした。




なんとも思え無かったのです。




特にいなくなって悲しくも無いし、責任も感じてない、かといって自分が良いことしたとも思わないし、父親を責める気も起きない。




母親には当時謝りました。




自分の中でこの出来事についてどう処理して良いかわからずに、ずっと来ました。




しかし私がスピリチュアルに目覚め宇宙を学び人生を学び自分を学んでいく時に必ずここには向き合わずにはすみません。




父親とのこのことを超えないと私の人生は決して開けないのではないかとまで思ったりもしていました。




それでもどう自分の中で処理して良いかわかりません。




色々なカウンセラーにも相談しました。




しかし具体的な方法は見いだすことができません。




もうこのまま墓まで持っていこうと思っていました。




ところが今回39度の熱が出て頭がデトックスした今、ラジオの収録で『ありがとうを言おう』のコーナーで父親にありがとうを言おうと思ったのです。




スコーンと!




その内容については是非ゆめのたねラジオを聞いていただけたら嬉しいです。




インターネットラジオの世の中に流れるコーナーです。




収録も6名ほどの同じ研修生のいる中で泣きそうになるのを堪えて3分話しました。




堪えていたのですが最後の『お父さんありがとう!』で嗚咽が込み上げました。




この父親のことでこれだけ感情が揺さぶられたことは、28歳から現在の46歳になるまで18年間一度もありませんでした。




初めて父親に心からありがとうを言うことができ、感情が吹き出したのです。




どの次元にいるかもわからない父親に、本気でありがとうを言うという経験をさせてくれた父親に感謝が込み上げました。




そして18年間会うことはできていないですが、繋がりを意図して父親を感じ、チャネリングをしながらありがとうを伝えられたのです。




私はこの父親を選んで生まれて来たわけです。




それはこの状況を経験することで人との関係の尊さ、愛というものへの尊さを学ぶ為だったと思っています。




これからも。




そのように強く思える今にこれまで関わって来た全ての人と父親、母親に感謝しております。




ちなみに母親は年に一度ぐらいは会うようにしています。




この父親へのありがとうが心からできた今日は、私の父親との関係を癒しました。




とても素晴らしい癒しと統合が起きました。




その後もしばらくその癒しの中にいる状態が続きました。




それは今大阪から帰る新幹線の中でも続いています。




2018年3月11日




東日本大震災の被災地に、そしてお亡くなりになられた全ての魂に祈りを込めます。