昨日は義理の両親に会いに三重は松坂に来ています。
義理のご両親はとても明るく軽やかなお二人で、僕は本当に気兼ねなくご一緒させてもらっています。
でも、僕は以前はあらゆる大人に気を使っていました。
それは相手を尊重しなくてはいけないという思いからですね。
今日は「尊重」という言葉と、「尊重しなくてはいけない」という在り方のお話しなんですけど
「尊重」というのは本当に難しいことだと思います。
相手を尊重しようと思っても、相手は尊重してほしいと思っていないかもしれないし、こちらが相手を尊重しているつもりでも、相手にとってはそれがめんどくさかったり。
尊重するというのは本当に難しい。
今日、僕は義理のご両親と食事をしていて、本当に尊重し合うということっていうのは、実は「相手のことを気にしないことだな」と思ったのです。
僕とは全然違う三重という環境の中で生活をしている、義理のご両親と食事をしていたわけですが
そこで僕は常に「これを言ったら少しお二人に違和感があるだろうな。」と感じられてもおかしくないぐらいの自分を表現するようにしています。
それは相手のご両親からしてみると、結構色々なことをはっきり言うという印象だと思います。
僕も結構勇気を持って日頃の自分の感覚をそのまま表現しようとしています。
それこそ、男のアグレッシブさや少しエロさ、冒険心まで。
昔は違いました。
大人を尊重しなくてはいけないと思っていたので、合わせていたし、いつも相槌と相手の話を重複して僕も言うぐらいの感覚で、相手の言っている感覚の枠の外の感覚は言わないように気をつけていました。
しかしそれは疲れる疲れる、いつしかその相手の大人とは会いたくないとまで思う疲れです。
その「疲れる」と言うことは、相手を尊重しているのでは決してありません
自分を殺しているわけです。
相手を尊重しているつもりが
自分を殺しているのです、、
何かを意識しようと思った時、意識と現実に繰り広げる行動とのギャップと言うことがこのように起きてくるのです。
そして僕は気づきました。
何をするにしても、自分を押し殺していては、何もできないということに。
「だからこれからは少し他人の期待を裏切る行動を心がけよう」と思ったのです。
そうすることで、現実的には自分を尊重しているという状態になります。
自分を尊重すると、そのエネルギーに反応した相手も相手自信を尊重しようとしてくれるのです。
自分を殺してしまうと、相手も自分を殺すかもしくは、無理してしまうものなのです。
自分をしっかりと尊重することで、相手も自分を尊重するようになる。
これが尊重し合う関係なんですね。
自分を尊重することは楽ではありません。
勇気も要ります。
しかしそれが結局お互いを尊重する在り方を作っていき、結果が自分のものとして受け止められるのです。
自分でやったことだから、自分の結果として受け止めるしかない。
これだけで毎日が楽しくなるのです!
個人セッション
電話orスカイプセッション
対面セッション
ONE&ONLY TAO 株式会社
