いよいよ3月です。私はこの1月で65歳になりました、2月から自分の年金と主人の遺族年金での生活が始まりました。年金生活一年生です。✨️
2月3月の分は4月に入金されるらしいです、あと払いだったのね(笑)
もともと書くことが好きで家計簿なるものを書いていましたがこれからはもっとシビアにお金の管理をしていかないと、と思っています。主人が居なくなって光熱費や食費なんかはぐんと減りました、でも2人で働いていた頃の様な金銭感覚では駄目です。でも、無謀な節約はしません。
身分相応の贅沢をしていこうと思っています。
年金は偶数月に2ヶ月分入金です、賢く使わないと泣きをみる目になります(笑)でもおおらかに考えて1年通してマイナスにならなければ良いのです。3月も沢山したい事ありますからね(笑)
今日の晩御飯は長女が来ます、ジジの爪切りを手伝って貰うためです(笑)
朝からコトコトおでん仕込みました。主人亡くしてから初めておでん作りました(笑)
スジ肉を買いに行くのも億劫なので鳥おでんにしました。巾着は生姜と青ネギです。
仕上げにお味噌を入れればいいのね(^_-)-☆
忍さん、私の母の名前です。名前の通り耐え忍んだ人生でした。昭和5年生まれ。彼女が生まれて直ぐに父親(私にとってはおじいさん)がきのこに当たって亡くなったそうです。そこからは兄弟5人をおばあさん1人で育てたそうです。忍さんは小さい頃から親戚に預けられ学校から帰ってくるとそこの赤ちゃんをおぶわされ面倒を見させられたそうです。戦争が終って徳島で洋裁の勉強しながら縫子さんになっていた忍さんは私の父と出会います。父は破天荒でその頃は大阪で一儲けしてる!って豪語してました。結婚して大阪に来ても貧乏は変わらず。そこから洋裁の仕事、関電の検針員、掃除婦等をして私と弟を大きくしてくれました。神経質であばら家に住んでいたのに1日2回も拭き掃除をするのです。シーツは必ずのりをする、洗濯物も洗濯機から出す時と干す時に必ずシワを叩く。何でこの人の娘の私がこんなズボラなのかしらと思います(笑)ちょうど今の私の年齢位の時にパーキンソン病にかかります。手の震えから始まりました。ずっとお金に縁がなく綺麗なお家に住んだとこのない爪に火をともす様な生活をしてきた忍さんが、最後79歳でお風呂場で倒れました。一度忍さんに聞いたことがあります。お母ちゃんなんか幸せやった事ある?って。
返事はあんたらを(私と弟)大きい学校に行かせたこと、でした。
最後はガリガリに痩せてしまって。でも倒れる3日前に美容院へ父が連れて行ったそうです。とことんきれい好きだったんですね。
私の主人が何処かで忍さんと出会えていると良いなぁ。
あんた、もう来たん??ってびっくりしている事でしょうね(笑)

