『21Lessons』が読み終わりました。
ハラリ本5冊全てを読み終え感じるのは、ポストレリジョンのあり方です。

20章「物語」、21章「瞑想」を読むと・・
レリジョンを縛る、物語というならば、ハラリはその両方から脱することを考え、その実践方法として瞑想を行っています。

ここにある思考は、仏教そのものですが、あくまでも釈迦の仏教であり、我々大乗仏教ではないと感じます。

そこにあるのは、信仰ではなく、虚構や物語を排除して、事実を事実として見つめる目そのもの。大いなるものや浄土といった物語に身を任せ、思考停止をする考えでなく、問いつづけるためのあり方であり、そのセンサーを麻痺させないための瞑想だと感じます。

そう、釈迦の仏教は多分、宗教ではない。身体を持った実践哲学だと感じます。

大乗仏教の僧侶ですが、ハラリの思考に賛同するし、自分もそうありたいと感じます。
悩み深い‼️