昨日の徳島の朝も少々冷え込みましたが思ったより天気がよく
年末の大掃除も終わり以前から気になっていました隣町の阿波
公方(室町時代)のことが知りたくて朝10時自転車usa号で出発
しました。那賀川の堤防沿いを下流に下がること30分少々とりあ
えず国道55線阿南バイパス沿いにある産直「とれとれ市公方」に
立ち寄り・・・
産直「とれとれ市公方」で産直テスト商業blogの取材をし、裏にある
お好み焼屋さんで早めの昼食を済ませ併設の「道の駅公方の郷
那賀川」で今日の目的である西暦1500年前後室町時代の足利氏
の阿波公方の足跡の資料を道の駅で調べることに・・・
簡単に説明しますと・・・西暦1500年前後室町時代11代将軍
足利義澄の子ー足利義冬が戦乱の後細川氏にむかえられ今の
那賀川町その当時の平島庄に居を構えたのが阿波公方(平島
公方)の始まりで義冬の子ー足利義栄はのちに征夷大将軍にも
なっています。私の持っています日本史の家系図にも源氏を元
に足利氏の家系図にその名前が記されています。その後270年間
阿波公方の歴史、文化はこの地に引き継がれていきます。
道の駅を出て自転車usa号で民族資料館に出向きました。
自転車で10分ほどで田圃の中にある資料館につきました。
実はこの場所が270年間足利・阿波公方が居を構えた場所その
ものなのです。
入館料¥200を係の方に支払い館内に・・・
玄関を入るとこの場所にあった館のパノラマ模型が再現されかな
りのスケールの大きな館であったことが伺えます。
この先の資料館は写真禁止とのことでした。がその当時の書物
資料がかなり多く残され室町時代に魅せられます。
しかしこの田舎にこんな立派な文化があったのはすごいことで
驚かされました。歴史ファンの方には必見です。
次い訪れたのが奈良時代建立で足利14代将軍義栄 10代将軍
義種 初代阿波公方義冬が眠る西光寺にやってきました。
特別区画された墓所に三氏のお墓はありました。そのわきには
阿波公方の成り立ちの由来がいろいろと記されていました。
初代阿波公方義冬の墓です。
左がその当時、平島庄と呼ばれていた那賀川平野の現)阿南市那賀川
町です右手が那賀川その先が河口の紀伊水道で現)大阪 昔摂津の
国とは海上交通も盛んであったとの事です。
500年前この地にすごい文化が存在したことを初めて知り大感激もっと
多くの方にこのような文化があったことを知ってもらい徳島県も新しく
「文化の森」などを作る前にこんなステキな文化遺産を大事に広く知っ
てもらうのが先決のように思います。
気持ちは500年まえにでした。
アメブロの緊急メンテナンスで投稿が大変遅れました。







