春・・・那賀川南岸の河川敷では、よく草野球ををし、草むらによく

ボールが入りボールを探していると「ひばい」の巣を見つけたり、

父親に真新しいグローブを買ってもらったうれしさを、河川敷を

見ていると思いだします。

我々の住む北岸では、土手の斜面を利用して草ぞりを作り、

すべり降りたりけっこう危険な遊びもしていました。




夏・・・もちろん那賀川でアユ釣りに魚捕り、水泳、アユ釣り魚捕り

に関しては後記いたします。

水泳は基本的に橋脚の周りで泳ぐのが基本で我々の地域、北岸

から1段目、2段目とその年の川の流れにより泳ぐ橋脚は年々

変わります。




橋脚の周りが水泳場で段の上から飛び込んだりしていました。


秋・・・ススキが河原いっぱいになり竹馬の友と鳥を残酷な方法で

捕ったり(今思うと子供って残酷です。)板きれで小型の舟をつくり

川に浮かべ見る見る間に水が入りすぐ沈没したりで春から秋に、

かけて那賀川の河川敷は友達と遊びの天国でした。

そして、運動会シーズンになると地区に分かれて争うので私達の

地区は南岸の神社の森(鎮守の森)がリレーとかの練習場所

でした。



運動会の地区の練習場所であった南岸の鎮守の森です。


冬・・・さすが河原は寒いので遊ぶことはあまりありませんでしたが

しいてあげれば寒バエ釣り程度でした。


メモ・・・大きな川のある地域は冬、風が川をわたる時温度が1度

下がると言われます。徳島は南国といわれながら、吉野川 勝浦川

那賀川があるせいか県外の方が徳島って以外と寒いと言います。


昔、那賀川橋上流300mに下流域の農地(那賀川平野)に水を

供給するためにあった大井出用水あとの碑があります。

この用水関、前後は魚が多く、うなぎ、なまず、鯉、ふな、アユ、ハエ

いろいろな種類の魚がたくさん取れました。






水神社と大井出用水跡の石碑です。