河口からさかのぼると最初の橋がR55バイパスに架かる那賀川
おおはしです。愛車 usa号と共に。
そしてそこから1km弱(河口から3km弱)のぼるとJR中島鉄橋が
あります。
かなり古い鉄橋ですが、私はこの鉄橋が哀愁が漂い大変好きです。
ここらは子供のころ3校合同写生大会で何回かおとずれ、鉄橋
機帆船など私達の地区にはないものを写生したものです。
JR中島鉄橋とローカル列車です。
この鉄橋では、60数年前 戦時中悲しい出来事がありました。
列車(蒸気機関車)が鉄橋を走行中アメリカの艦載機(空母から
発進するプロペラ機)に攻撃をうけたのです。死者、負傷者が
たくさんでました。なぜなら客車を切り離し機関車だけが逃亡
したのです。ヒドイ機関士です。
今でもその頃の銃弾の痕跡があります。
その出来事を書き記した記念碑が近くにありました。
この地区は少し上流の古庄、岩脇地区と同様昔は、製材業が
全国的にもかなり盛んで今とは比べものにはなりません。
そしてこの地区で生産された木材製品は鉄橋近くに、船着場
がありそこから木造の小さな機帆船に乗せられ関西方面へと
運ばれていました。
次回はこの上流をしょうかいします。




