徳島県南部にある浅川漁港ここには、南海地震 昭和21年12月21日 未明と記された記念塔がお寺の近くにありました。私が昭和22年(1947)生まれですので丁度61年前の南海地震では、津波による数多くの死者が出たと聞いております。丁度湾がポケットの形になっているのと方向も悪かったのだと思います。
当時の堤防の沖に数年前完成したのが大きな防災用のていぼうだとおもいます。写真、逆光で見えずらいと思いますが東南海地震が来るのがひしひしと感じます。
私の地震の経験は、中学生の頃チリ地震の津波で阿南市橘で木造船が町並みまで打ち上げられている光景を見たのと、神戸淡路大震災で3日目に3人の後輩たちのいる神戸に淡路まで原付バイクを、トラックに乗せそこから後輩の手塚直行君と2人で原付バイクに荷物を満載し神戸に向かいました近ずくにつれ大悲惨がいくつも目の前に現れてきました.。後輩のマンション近くのおばあさんが空襲の後見たいだと言っていたのが印象に残っています。

当時の堤防の沖に数年前完成したのが大きな防災用のていぼうだとおもいます。写真、逆光で見えずらいと思いますが東南海地震が来るのがひしひしと感じます。
私の地震の経験は、中学生の頃チリ地震の津波で阿南市橘で木造船が町並みまで打ち上げられている光景を見たのと、神戸淡路大震災で3日目に3人の後輩たちのいる神戸に淡路まで原付バイクを、トラックに乗せそこから後輩の手塚直行君と2人で原付バイクに荷物を満載し神戸に向かいました近ずくにつれ大悲惨がいくつも目の前に現れてきました.。後輩のマンション近くのおばあさんが空襲の後見たいだと言っていたのが印象に残っています。
