阪神淡路の記憶は
消えません。
亡くなられた方に
合掌を。
亡くされた方に
応援を。
震災が奪ったものや消した事、
震災が与えたものや残した事、
どちらもみんなの記憶に
強烈に、痛烈に、
残ってます、生かされてます。
それを次に繋ぐために、
自然災害を御するんじゃなく
うまく付き合う為に、
阪神淡路の記憶と
付き合うことを
再認識します。
当時の当地の方々の
苦労や心労は
経験してない人とは
比べ物にはならないですけど、
少しでも
慮っていかないといけないです。
直後に、
東灘に住んでた友人のところへ
駆けつけた時には
もう加古川まで逃げてたのですけど、
垂水は勿論、
明石超えても酷い状況だったのが
堪らなかったと語ってました。
新開地までは行って、
なんやかんやとしましたけど…
焼け石に水の言葉を痛感したのが
忘れられません。
地震を、
自然災害を御することよりも、
起きることを前提に
心構えや準備を常に想像しないと
いけないですね。
改めて、
亡くなられた方々に
合掌。
消えません。
亡くなられた方に
合掌を。
亡くされた方に
応援を。
震災が奪ったものや消した事、
震災が与えたものや残した事、
どちらもみんなの記憶に
強烈に、痛烈に、
残ってます、生かされてます。
それを次に繋ぐために、
自然災害を御するんじゃなく
うまく付き合う為に、
阪神淡路の記憶と
付き合うことを
再認識します。
当時の当地の方々の
苦労や心労は
経験してない人とは
比べ物にはならないですけど、
少しでも
慮っていかないといけないです。
直後に、
東灘に住んでた友人のところへ
駆けつけた時には
もう加古川まで逃げてたのですけど、
垂水は勿論、
明石超えても酷い状況だったのが
堪らなかったと語ってました。
新開地までは行って、
なんやかんやとしましたけど…
焼け石に水の言葉を痛感したのが
忘れられません。
地震を、
自然災害を御することよりも、
起きることを前提に
心構えや準備を常に想像しないと
いけないですね。
改めて、
亡くなられた方々に
合掌。