比べるのをやめたら、今日が残った


―― 高次脳機能障害 × 今日の花 ――


ふと思った。

できなくなった過去と、今の自分を比べるのは、

もうやめた方がいいんだろうなって。


できていた自分。

失う前の自分。

そういう過去と比べるほど、

今の自分は、どこにも居場所がなくなってしまう。


でも――

比べるのをやめたとき、

不思議と「今日」だけが残った。


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記憶が残らないから、今日を生きた


記憶が残らない日もある。

いや、正確に言えば、

ほとんど残らない。


だから、

今日一日だけを、必死に生きた。


でも今思うと、

それはそれで、

悪くなかったのかもしれない。


だって、

今日一日だけを生きるっていうのは、

結局、

「今を生きる」ってことだから。


未来の心配も、

過去の後悔も、

持ち越せない。


今しかない。


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摘めなかった日も、ある


もちろん、

今日の花を摘めなかった日もある。


まあ、

そういう日もあるよね。


でも最近は、

ちょっとした訓練みたいなものをしている。


自分が、

どれだけ恵まれているか。

どれだけ、

素晴らしい存在か。


それを思い出して、

感謝しながら生きる。


それでいいんだと思えるようになった。


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生きているだけで、100点満点


いろんな視点がある。

いろんな生命があって、

その上に、今の自分が存在している。


それが、

少しずつ、

身体の感覚として分かってきた。


だから、

生きているだけで100点満点。


これは、

頭で分かった言葉じゃない。


身に染みて、

ようやく分かった感覚だ。


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今しか記憶がないという才能


高次脳機能障害は、

「生きる才能」なのかもしれない。


今しか記憶がない。

でもそれは、

今を生きることにつながっている。


だったら、

それはそれで、

良かったのかもしれない。


失ったものもあるけれど、

手に入れたものも、

確かにある。


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今日の花を、今日つむ


今日の花は、

今日しか摘めない。


でも、

摘めなかった日があってもいい。


今日、生きた。

それだけで、

もう十分。


そうやって、

今日を肯定しながら、

生きていきたい。