「子供を帰してちょうだい!」
ある母親が、電話口に向かって叫んでいた。
つい先ほど、誘拐犯から電話がかかってきたのだ。
妙に甲高い声で喋る誘拐犯は
「息子は預かった」と何度も繰り返し、
その度に母親は狂ったように叫び、懇願し、そして泣いた。
「何が目的なの!!」
彼女は尋ねたが、誘拐犯は同じことを繰り返すばかりだった。
業を煮やした彼女は、先ほどから一言も話さない夫にアドバイスを求めることにした。
しかし、どうも様子がおかしい。
夫は血の気の無い顔で、じっと電話から漏れてくる誘拐犯の声を聞いていた。
そして、ついに何かが切れたかのように、彼女に向かって怒鳴った。
「もう、僕を苦しめるのはやめてくれないか!?」
彼は、止める彼女をふりほどき電話線を引きちぎると、気の抜けたように椅子に座る。
しばらくしてから、噛みしめるように彼は言った。
「子供は、もう帰ってこないんだ! 僕が……殺したんだからっ!!」
彼女はゆっくりと電話の方を向いた。
そこから漏れてくる声は、いつのまにか我が子の声になっていた。