写景 | Now or Then

Now or Then

long distance.





対話が、関係性

関係性は、他者

想うから、対話しようとする行為

自分のことなんて、その先。

その先からはじめても、対話は続かない。

続かないし、響かない。


自己は2
社会も2

関係性が1。

しかし、関係性は
繋がりではない。

関係性は、対話

対話は、想いなのだ。





photo:01






「空景」の扉には
「妻が逝ってしまって私は空ばかり写していた」と記した。

「空を撮っても思っているわけですよ。
あいつに見せたら喜ぶんだけれど、この写真。
物には正直意味がない。バルコニーで撮る。
そこから空を見るって決めたわけです。
陽子に捧げるというのはそこに自分がいる、
そういう時を過ごすということ自体が捧げてるわけ。
でも、その喪失感を埋めることはしない。
失ったらずっとめめしくくっついている。
逆にエナジーをもらっている。
愛の喪失は決してマイナスではない。」





荒木氏がいうように
関係性は、これなんだと思う。

想いとは
これなんだと
ずっと思ってる。


あの人が逝って、10年

あの人が逝って、7年

あの人が逝って、3年。




想いが、届いてるといい。