対話が、関係性
関係性は、他者
想うから、対話しようとする行為
自分のことなんて、その先。
その先からはじめても、対話は続かない。
続かないし、響かない。
自己は2
社会も2
関係性が1。
しかし、関係性は
繋がりではない。
関係性は、対話
対話は、想いなのだ。
「空景」の扉には
「妻が逝ってしまって私は空ばかり写していた」と記した。
「空を撮っても思っているわけですよ。
あいつに見せたら喜ぶんだけれど、この写真。
物には正直意味がない。バルコニーで撮る。
そこから空を見るって決めたわけです。
陽子に捧げるというのはそこに自分がいる、
そういう時を過ごすということ自体が捧げてるわけ。
でも、その喪失感を埋めることはしない。
失ったらずっとめめしくくっついている。
逆にエナジーをもらっている。
愛の喪失は決してマイナスではない。」
荒木氏がいうように
関係性は、これなんだと思う。
想いとは
これなんだと
ずっと思ってる。
あの人が逝って、10年
あの人が逝って、7年
あの人が逝って、3年。
想いが、届いてるといい。
