毎日、違和感の誤差と格闘していて
この誤差がどこのなにかも理解していて
ならばそれがなぜ違和感なのかも理解していながら
壊したり
試したり
生み出したりしているのだけども
まだ、不完全。
一周回って同じところにきても
一周回ってきたことに気づかなければ
そのラインに立つすべてはおんなじ。
こうやって、数年前にそのときの演出やらの仕事すべてやめて
その違和感を辿って関西に来たわけですが
年ですかね。
違和感を無視することは、しないように意識してしまってる。
いつまで喧嘩するの
24歳の時に聞いたあの人の言葉が
いまだに消えるはずもなく
あなたがドロップするならばと思ってたのに
そんなことわたしに言っといて、
いまだにあの場所で喧嘩しているのを聞きました。
そうね、
年をとれば
この
階段を下りるものだと思ってたのに。
残念なのか
歓迎なのか
まぁ、どちらにせよ
まだここにいる。
違和感に手を引かれながら。
