年々、出す年賀状が減っていくなぁ…
今年出した枚数は19枚
夫にいたっては3枚
そして1人また
「今年から年賀状は欠礼します❗」
LINEが届いた
それはそれで、お金もかからず
手間も減るのだけど。
ただ、私は昔から手紙を書く事が好きで
年賀状にもわりと言葉を添える。
一言、二言じゃ足りず
五言、六言なんてなる事も。
今現在、年賀状をやりとりしてる人は
私にとっては貴重な存在だ
離れていて会えなくても
1年に1度は私を思い出して葉書をくれる
ちょっとした近況報告も嬉しい
ただ、年賀状のやり取りが
無くなってしまった人の中には
予期せぬ場合があったりした事も…
子どもが巣立ち、毎年仲の良いご主人と
旅行に行った写真を載せた年賀状をくれた
昔同じ職場で働いていたMさん。
そのご主人からの欠礼葉書には
Mさんが病に倒れ、全身に麻痺が残り
もう年賀状は書けない事が記されていた…
こんな風に年賀状のやり取りが
無くなってしまう事もあるのだな…
ご主人もどんな気持ちで
この欠礼葉書を出したのか。
それを考えると胸が締め付けられる思いになる。
それから、昨年喪中葉書をくれた
短大時代の友達
それは友達のお母さんが
亡くなったという葉書だった…
自分の親を亡くすこと。
これは本当に筆舌に尽くしがたい事だと思う。
まして母親…
確かに父が亡くなったのも本当にツラかった。
ただ、母の死は
また違った深さの悲しみがあるように思う。
そこで、私は友達に手紙を書いた
それほど長くもない、便箋1枚に
とにかく無理をしないよう案ずる気持ちを書いた。
でも、音沙汰はなく…
何か、失礼な事を言ってしまったのか
悲しみにくれているからなのか
ちょっとだけ、手紙を書いた事を後悔した
余計なお世話だったかなと。
だから、今年の年賀状は
喪中があけているとしても
その友達には出せなかった
母親を亡くした悲しみが1年で消える訳でもない。
ただ、私の送った手紙が
友達を傷つけたりしていなければいいなと…
できたら、またいつか
友達から連絡がきたら嬉しい。