【義実家と疎遠になった話しハサミ

義父のいう、あんな事とは‥


るぅが体外受精の末産まれて3年ほど経った頃
ゆぅの自然妊娠がわかったびっくり

正直諦めていたので、驚きと戸惑いが大きかった。


それでも、やっぱり嬉しかったし
産む選択肢以外ないと思ってた‥


だけど、母には初め
その妊娠を喜んではもらえなかったのだアセアセ


私が初めての妊娠でるぅを妊娠した時から
出血を繰り返し、何度も流産の危機に‥
中期からは、張りがとまらず。
入退院を繰り返し、家でも自宅安静。

妊娠期間中を入院か自宅安静で過ごした私を
常に助けてくれたのは母だった。

激務の夫や、まだ仕事をしていた父にかわり
母には本当に大変な苦労をかけてしまった。

そして、産まれてからも
私は母を頼ってばかりいた。甘えすぎていた。


るぅが幼稚園に入る年齢が近づいた時
母には言われてしまったガーン

「あぁ、これでやっと楽になるわ。」


私は、この言葉の意味を深くは捉えていなかった。


だから、母に2人目の妊娠をつげた時
喜ぶではなく「おろす選択肢はないの?」
と言われて、絶望的な気持ちになった‥


母は、本当に疲れ果てていたアセアセ

妊娠中も大変だったのに、産まれてからもるぅは
痙攣で何度も倒れ救急車で運ばれたり入院したり。
私自身も何度も、精神的に不安定になり
その度に母を頼ったり、時にはケンカになった。


やっと楽になる。
母の気持ちが全てこの言葉に集約されていた‥

それなのに、2人目を妊娠なんて。
自分の助けありきでの子育てなんて冗談じゃない。

そう思うのも無理はない。
心当たりがありすぎて私は
なんてひどい事言うんだ、とは思えなかったショボーン

夫はそう思ったみたいだけど。

母は仕事ばかりの夫にも腹を立てていた。
本来なら夫婦で協力して行う子育てを
仕事ばかりでおいしい所だけしかない夫。
意図していた訳ではないけれど
夫が当てにならない分、そのしわ寄せは
間違いなく母にいっていた。

だから私は、夫も母を責める資格はないと思った。


母には

なんで義両親は何にもしないで
私ばかりやらなくちゃいけないの!
義両親にも手伝ってもらえばいいじゃないムカムカ

と、言われてしまった。


正直、義両親には頼みにくかったし
あまり私達夫婦には興味がないようだったし
母が助けてくれるのに甘えて
考えた事もなかった。

でも2人目を産みたいなら
義両親に頼むしかないと思った‥

おそらく、2人目の妊娠中も
出血や張りで、産むまで自宅安静は免れない。

夫も自分の親はきっと助けてくれるよと
義両親にも助けを求めることに。


その時私は、助けて欲しくて
何ともずるい言い方をしてしまったのだ。

義父に電話で
「2人目を妊娠したが、母にはもう面倒見きれないと匙を投げられてしまった。助けて欲しい。」
とお願いをした。

これじゃ、母が悪者。

何であんな言い方をしてしまったんだろ‥

義父は私の母の事を
この時から良くは思わなくなったようだ。


義父の持論は
嫁の親が孫の面倒を見るのは当たり前。
まぁ、確かに義両親は義姉妹の子ども達の面倒はよく見てたし
なんなら義姉の子どもは一時期引き取ってたしね。
自分の娘が大変な時に面倒を見ないなんて
なんて母親だムカムカ

こう思ったようだ。


こうして、義両親は片道1時間かけて
私の家まで来て、家事やるぅの面倒を見てくれた。

ただ、毎日というのはさすがに大変かと
1日おきとかで、安定期に入るくらいまで
日数にしたら1ヶ月いくかいかないかくらい。
もう少し少なかったかも。

それ以外の日は、そうは言っても母や
仕事を退職した父が率先して手伝ってくれた。

母と私を取り持ってくれたのも父。
「俺が頑張るから。お母さんも本心じゃないから気にするな。」と言ってくれた泣くうさぎ


義両親にもお世話になったのは確かだ。

いっさいの家事や
幼稚園から帰ってきた、るぅのお世話を引き受け
私は扉一枚隔てた和室にひきこもり
ほぼ横になっている事ができた‥

いや本当は、けっこう精神的にはキツかったチーン

リビングでは、来てもらっている義父母に
自由に過ごしてもらいたかったので
私はひたすら和室の中に身を潜めてたくるくる

お互い人見知りの義母と私が
同じ空間にいるのもしんどいので笑い泣き


ただ義父はうちに来ると、お酒を飲んだシャンパン
夫の買った缶ビールや焼酎を当前のように。
泊まる訳でもないのに
帰る頃には何時間もたっているから大丈夫と
謎の理論で毎回必ずガーン

そして夫は、おいしいお酒を飲ませてあげたいと
義父の為にお酒を用意するようにも‥


一度義両親が来てる時に
るぅが痙攣で救急車で運ばれたことがあった滝汗

私は救急車に乗り、るぅと病院へ。

でもお酒を飲んでいた義父は車の運転が出来ず
仕方なく私の実家まで歩いていき状況を伝え
私の両親が病院まで迎えに来てくれた事が‥

友達からは
「しんちゃんに何かあった時の為に来てもらっているのに、お酒飲んで運転できないとかおかしくない?」
と言われ、確かになとは思ったけれど
その時は来てもらっている立場だったから
そんなふうには考えもしてなかったアセアセ

るぅのお風呂も本当は頼りたかったが
そこまではお願いできずにいると
結局私の両親が
「義両親が帰ったらお風呂手伝いに行くよ。」
と、来てくれることもあった。


それから、もう一つ腑に落ちない事が‥

買い物やお金が必要な時は
この財布のお金を使って下さいと
5~6万位入れておいたものがあった。

その買い物の中には私達家族の物だけでなく
義父母の食べる物も含まれている。

義両親が来てくれるようになって
トータルで7日間たったあと
お財布の金額を確認してみると
3万円ほど使ってあった。


7日で3万円ポーン
多くないびっくりマークはてなマーク

しかも夫にそれとなく話すと
義両親の帰り際に
更に一万円渡していた事が発覚ガーン

夫は
お世話になってるし
うちに来た時くらい
美味しいもの食べさせてあげたいし
と、気にも止めていない様子に愕然とした。
ガソリン代もあるしと。


っていうか、うちの親には
さんざん世話になってきたくせに
そんなお金渡したことないのに

たった7日間来てくれた義両親に4万円て‥

うちの親をバカにしてないムキーと思った。


財布の金額を夫に言うのは少々躊躇われた。
あなたの親は一週間でこれだけお金使ったのよ
なんて言われて気分いい人はいないだろうから‥

でも言葉を選んで何とか伝えたら
財布の中身を入れすぎたかもだから
これからは、あまり入れないようにしよう。と


それからは義父もヤバいと思ったのか
大きくお金が減る事はなかった。

ただ、頻繁に来てもらったのは最初数週間だけで
その後は飛び飛びで
長居することもなくなったからかな。

そして結局はまた
私の両親に頼る事になったけど
私も極力無理しない程度に自分で頑張った真顔


そう言えば、こんなこともあった。

義両親が手伝いにきてくれる事になり
父が「ご面倒おかけします。」と
頭を下げた事があったそうだ。

その時に父は、母の様子を腰が痛かったりと
娘を手伝うにも支障をきたしていると
義両親に伝えたようだった。


しかしある時、うちに届け物があった母と
義両親が顔を合わせてしまった事があった。

すると後で義父は、息子にこう言ったそう。

「向こうのおかあさん、元気そうだったぞ。」

それを私に伝えてくる夫もどうかと思うが

体調が悪いから俺らが来てるのに
向こうのおかあさん、全然元気じゃん
なんで娘、手伝ってやんないのはてなマーク

そんな義父の、母を責める思いに
なんで母を悪者にする言い方で
義両親に助けを求めてしまったのか
この時ちょっと後悔した。


でもこの後、もっともっと後悔する事になった。