これは過去の記録です。
次の日、11時にゆぅ(生後6日)への面会へ
今までは寝ている姿ばかりだったゆぅ。
今日は昨日より目が開いて
体をバタバタさせて明らかに覚醒状態
びっくりするほど、1日で様子が違ってた。
昨日泣きながら会いに行ってしまったから
元気づけようとしてくれてるのかな
本来であれば、35週に入ったところ。
初授乳、直母させてもらう。
6g飲んでくれた
病室に戻り際、2泣き位してくれた
しっかり泣き声聞いたの産声以来だね。
ちゃんと泣ける事に安堵
午後は初めての沐浴させてもらう。
モロー反射が可愛い
そのあと直母するも、今度は飲んでくれず…
哺乳瓶の母乳を飲みきる。
大きな声もたまに出るように
やっとゆぅが産まれた実感がわいてきた感じ。
そして昨日の私のことは
しっかり申し送りされていたようで
他の看護師さん達も心配してくれてた
何だか申し訳ない気持ちに
私の退院までは、あともう少し。
ゆぅと一緒に帰れないのは心残りだけど
その間に迎え入れの準備を頑張ろう
夜、夫に連絡し、るぅと話をした。
でもすぐバイバイと言って、電話を切ろうとする。
寂しくなっちゃうからかな
早く一緒にいてあげたい。
そして本日、お祝い膳の日
今回も1人寂しく食べたぞ~
ボリュームだけはあったよ。
冷めた天ぷらとか諸々…
3年前とあんまり変わらないかなー
次の日、私の退院診療があった。
破水は予測がつかないこと。
考え方によってはママが先に退院して
体を回復させる時間を作ってくれたと考えることもできると教えてくれた。
担当の女医さんも
いろんな事を丁寧に説明してくれる
本当にいい先生だった。
緊急帝王切開だったから、担当の女医さんではなく
るぅの時手術してくれた男の先生だったのだけれど
それも謝ってくれて…
でも後から母子手帳見返したら
るぅの時は、男の先生とその女医さんが
執刀医欄に名前が
思えば本当にストレスばかりの妊娠生活で。
そんな中でもちゃんと34週までお腹にいてくれ
私の体の回復時間まで与えてくれて…
早く元気に大きくなって
一緒におうちに帰ろう
ゆぅ、生後9日目
一足先に、私が退院になる。
実家で待っててくれたるぅは
手を振って私の元へ駆け寄ってきてくれた
明日からは搾乳した乳を持って
ゆぅのいるNICUへ通う日々。
退院して次の日、自分で車を運転し病院へ向かう
と言う私に、父が心配して
「俺が送っていく
」と。
大丈夫だからと言うも
「何かあったらどうすんだ
」
と、一喝されお言葉に甘える
本当に言葉通りに頑張ってくれる父には
申し訳ない気持ちになる
でも午前と午後の面会それぞれに行きたくて
そうすると父が迎えにくるのに
2往復もさせてしまう事になる。
それが私の中で負担に思って…
だから面会時間外は車の中で待ちたい
私は大丈夫だからと話し、わかってもらった。
確かにるぅの時は、2ヶ月近く
外出もままならずの私を見ていたから
心配にもなるんだろう
でも今回は驚くほど回復が早い。
まだお腹の傷は痛んだりするけど
退院の次の日から外出なんて
前回は考えられなかった