僕が住んでいるヤゴディナ市の中心に中央市場があります。
地元の新鮮な野菜や果物、肉に魚、お酒に生活用品と、ここに来れば大体のものは揃います。
買い物する人たちの様子を見ていると、どっさりまとめて買っていくお客さんが大半です。
この街では核家族に加え、二世帯で住んでいる大家族が少なくありません。
ただ僕は一人暮らしなのでほとんどまとめ買いはしませんが、売り手のおじさん、おばさんから「もっと買って行きなよ」とよく言われます。
そんな時ブータンに住んでいた時のことを思い出します。
首都ティンプーにも巨大な王立バザールがあって、時々そこで野菜や肉をKgまたは半Kg買いしていました。
ブータンでも二世帯、三世帯で住むのが当たり前なので、販売量の単位がKgもしくは半Kgというまとめ買いしかできない暗黙ルールがあったからです。
まあ量の話は置いといて、セルビアもブータンも地元で採れた野菜は本当に甘くて美味しく滋養に富み、市民の健康の源なのは間違いありません。
僕の勤務校の同僚もほとんどが二世帯暮らしか、もしくは核家族で郊外の車で20〜30分圏内に実家があって、週末は実家に帰って農作業を手伝うといったライフサイクルです。
20代の同僚に「都会暮らしとか憧れないの?」と尋ねると、
「人と車の多さが苦手。静かで家族と昔からの仲間がいる街の方が暮らしやすいんだ」
さらには
「地元の野菜と果物、それからできたラキア(ブランデー)、実家で育てた卵と肉が最高なんだよ」とのこと。
僕も一度同僚の実家の農家にお邪魔したことがあるのですが、同僚の言う通りラキア、卵、肉のすべてが新鮮で美味でした。
また他の若い女性の同僚は、
「この街に◯◯◯(世界的ハンバーガーチェーン)と△△△(世界的コーヒーチェーン)は要らない」
「地元の顔見知りがやっているレストラン、カフェ、バールの方がよっぽど落ち着く」とのこと。
実際僕も◯◯◯と△△△のない街に住んでみて、全く必要ないというか、むしろ地元のレストランやカフェの方が居心地が良いと感じています。
なので、若い同僚の話に全くもって納得しました。
「いやお前、日本にいた時散々◯◯◯と△△△に行ってただろ」とツッコまれそうですが、人は変わるものなのです 笑
ただ興味深いのは、ヤゴディナでもティンプーでも、こういったライフスタイルの満足度、幸福度がとても高いということです。
地元産のものを食べる、街での顔が見える関係、おじいちゃん、おばあちゃん、お父さん、お母さんと一緒に暮らせる子ども…
ここに幸せの原点があるのかもしれません。
じゃあ大都市に住んで、孤独に産地の分からない食品、ファストフード、インスタント食品を食べることは不幸せなんですかと言われると、
「そんなことないですよ。幸せですよ。大都市にはエンターテインメント、美味しいレストラン、遊ぶ場所、学ぶ場所、魅力的な人がたくさんいるし」
「趣味や推し仲間がすぐに集まれるし」
「交通網が発達して国内国外にの双方にアクセスがいいし」
「田舎のような煩わしい近所付き合いやしきたりも無いし」
「いやそもそも大都市出身だからそこに住むしかないし」
といった声が返ってきそうです。
実際僕も東京や広島に住んでいたので、大都市の恩恵はよく分かります。
大都市がいいのか、地方の小さな町がいいのか、学生や大人は好みの問題でしょう。
地元の新鮮な野菜や果物、肉に魚、お酒に生活用品と、ここに来れば大体のものは揃います。
買い物する人たちの様子を見ていると、どっさりまとめて買っていくお客さんが大半です。
この街では核家族に加え、二世帯で住んでいる大家族が少なくありません。
ただ僕は一人暮らしなのでほとんどまとめ買いはしませんが、売り手のおじさん、おばさんから「もっと買って行きなよ」とよく言われます。
そんな時ブータンに住んでいた時のことを思い出します。
首都ティンプーにも巨大な王立バザールがあって、時々そこで野菜や肉をKgまたは半Kg買いしていました。
ブータンでも二世帯、三世帯で住むのが当たり前なので、販売量の単位がKgもしくは半Kgというまとめ買いしかできない暗黙ルールがあったからです。
まあ量の話は置いといて、セルビアもブータンも地元で採れた野菜は本当に甘くて美味しく滋養に富み、市民の健康の源なのは間違いありません。
僕の勤務校の同僚もほとんどが二世帯暮らしか、もしくは核家族で郊外の車で20〜30分圏内に実家があって、週末は実家に帰って農作業を手伝うといったライフサイクルです。
20代の同僚に「都会暮らしとか憧れないの?」と尋ねると、
「人と車の多さが苦手。静かで家族と昔からの仲間がいる街の方が暮らしやすいんだ」
さらには
「地元の野菜と果物、それからできたラキア(ブランデー)、実家で育てた卵と肉が最高なんだよ」とのこと。
僕も一度同僚の実家の農家にお邪魔したことがあるのですが、同僚の言う通りラキア、卵、肉のすべてが新鮮で美味でした。
また他の若い女性の同僚は、
「この街に◯◯◯(世界的ハンバーガーチェーン)と△△△(世界的コーヒーチェーン)は要らない」
「地元の顔見知りがやっているレストラン、カフェ、バールの方がよっぽど落ち着く」とのこと。
実際僕も◯◯◯と△△△のない街に住んでみて、全く必要ないというか、むしろ地元のレストランやカフェの方が居心地が良いと感じています。
なので、若い同僚の話に全くもって納得しました。
「いやお前、日本にいた時散々◯◯◯と△△△に行ってただろ」とツッコまれそうですが、人は変わるものなのです 笑
ただ興味深いのは、ヤゴディナでもティンプーでも、こういったライフスタイルの満足度、幸福度がとても高いということです。
地元産のものを食べる、街での顔が見える関係、おじいちゃん、おばあちゃん、お父さん、お母さんと一緒に暮らせる子ども…
ここに幸せの原点があるのかもしれません。
じゃあ大都市に住んで、孤独に産地の分からない食品、ファストフード、インスタント食品を食べることは不幸せなんですかと言われると、
「そんなことないですよ。幸せですよ。大都市にはエンターテインメント、美味しいレストラン、遊ぶ場所、学ぶ場所、魅力的な人がたくさんいるし」
「趣味や推し仲間がすぐに集まれるし」
「交通網が発達して国内国外にの双方にアクセスがいいし」
「田舎のような煩わしい近所付き合いやしきたりも無いし」
「いやそもそも大都市出身だからそこに住むしかないし」
といった声が返ってきそうです。
実際僕も東京や広島に住んでいたので、大都市の恩恵はよく分かります。
大都市がいいのか、地方の小さな町がいいのか、学生や大人は好みの問題でしょう。
ただ本当に問題なのは子どもです。
特に大都市になればなるほど、子どもは早期に親から引き離される傾向があります。
0歳児保育、学童保育、子ども食堂の急増がそれを物語っています。
加えて、先進国最低レベルの子どもの自己肯定感の欠如。
そして不登校、いじめ、自殺の件数が毎年過去最悪を記録しているのは、
親子の愛着形成や信頼関係が十分に醸成されなかった結果と言っても過言ではありません。
もしそれらの子どもたちが幼少期からお母さん(お父さん)の作ってくれた地場産の栄養ある手料理を食べ、
お母さん(お父さん)と一緒に過ごす時間が長く、
おじいちゃんおばあちゃんにもすぐに会え、地域の人たちから見守られていれば、こんな結果にはなっていなかった可能性が高いでしょう。
日本は一体どんな社会を目指しているのでしょうか。
経済合理性だけを追求した大都市効率社会、親子分離社会、個人主義社会か。
あるいは、
子どもの心身の成長、家族と地域を重視した共同体社会、地域主権社会、地産地消社会か。
もちろんどちらか一方ではなく、そのバランスだと思いますが、
経済合理性に大きく傾きかけている日本社会に対して警鐘を鳴らす意味で、本記事を投稿しました😊
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