勤務校には、EUの教育理念が掲げられています。
「すべての人に質の高い教育を」です。
セルビアはEU加盟国ではありませんが、加盟候補国として、教育制度をEU基準に合わせるプロセスを進めています。
そして、この理念を実現するための能力が箇条書きされています。
この中で、これは日本にも必要だと思ったのが、
「批判的理解」です。
(添付画像を参照してください)


与えられる知識とそれに対する批判はセットだという考え方です。
批判と言っても、相手の言うことを何でもかんでも否定したり攻撃したりするという意味ではありません。
物事を鵜呑みにせず、多角的に検討し、真実を明らかにするという態度を指します。
欧州は歴史的に他民族、他宗教から侵略され、または侵略し、物理的な地上戦と共に情報戦、認知戦の舞台となった場所です。
民衆はどの情報が正しくてどの情報が間違っているかを正確に判断しなければ生死にかかわるという体験をしてきました。
また、大航海時代、帝国主義の時代からグローバリズムが台頭し、国境を超えてヒト・モノ・カネが大量に移動し始めました。
その結果、生産者の顔が見えない多国籍企業の商品が国内に入るようになり、国民は賢い消費者として輸入商品の安全性や有効性を確認する必要が出てきました。
さらに昨今では、巨大資本が株主やスポンサーとなっているマスメディアやプラットフォームが、自分たちの都合の良い情報をコントロールできるようになり、偏向報道を見破る能力が必要となりました。
こういった背景と現状に対応するために、欧州では批判的教育が大切とされて来たのだと推察します。
一方で日本は「批判的理解」教育はほとんどなされていませんね。
あったとしても、情報モラル、IT有効活用法、ネット犯罪に巻き込まれない方法…などに終始しています。
最近になってようやく高校の「公共」「情報」等の科目でマスメディアの特性やバイアスに触れるようにはなって来たようですが。
「批判的理解」教育が浸透しない理由として、日本が歴史的に侵略された歴史や、国民が情報戦にさらされた経験がないことが大きいんじゃないかと思います。
また欧州が多民族国家なのに対して、日本はほぼ単一民族で、同調圧力が発生しやすい環境です。
戦時中に政府の方針やマスメディアのプロパガンダに異を唱える者は、非国民のレッテルを貼られ、村八分にされてきたというトラウマもあります。
さらに、日本の教育が古来より教本、教科書に書かれた唯一の正解をそのまま書き写し暗記するのが最も効率的な学習法として定着して来たことも挙げられるでしょう。
これは日本型教育の良いところでもあり、「批判的理解」教育の側面からは課題があるとも言えます。
我々が外国資本の食品、薬、医療、プラットフォーム、SNSと接触しない日はありません。
それだけではありません。
半分以上が外国人株主の企業も条件さえ満たせば、日本の政党に企業団体献金として寄付が可能です。
現在の日本のテレビ局の外国人株保有比率は20%を超えています。
外国勢による認知戦を仕掛けられているというのが日本の現状なのです。
日本政府やマスメディアの言うことをそのまま信じることは、必ずしも日本国民の利益になるとは限らないということです。
現在進行中のイスラエルと米国によるイラン攻撃について、
日本政府は「米国政府を支持する」と言い、
日本のマスメディアの多くは「民間人を巻き込んだ武力行使を非難する」
と保守(右派)またはリベラル(左派)の立場からそれぞれ異なる見解を表明しています。
しかし、どちらかの見解を鵜呑みにし、正義か平和かの二元論に終始することは、批判的理解としては不十分です。
セルビア人の友人は、
「トランプはイスラエルにエプスタイン文書の弱みを握られている」
「トランプは選挙にためにユダヤ系ロビイストに屈した」
「イランの核実装が完成間近だって、同じことを30年間言い続けているけど」
「ドンロー主義はどこへ行った?」
「軍産複合体(Military-Industrial Complex)が、下火になったウクライナ戦争から、今度はイランを標的に変えた」
などと好き放題言っています。
真偽のほどはさておき、なぜ戦争が起きているのか、この戦争の背景や構造はどうなっているのか、自分で情報収集し、自分の頭で考えることが大事なんだと、セルビア人から教わっている気がします。
少なくとも、政府やマスメディアの大本営に対しては批判的態度(クリティカル・シンキング)で臨んでいるということです。
現在もこれからの時代も、「批判的理解」教育は本当に大事になって来ると思います。
日本の教育に再び携わる機会があれば、積極的に取り入れたいと考えています☺️
「すべての人に質の高い教育を」です。
セルビアはEU加盟国ではありませんが、加盟候補国として、教育制度をEU基準に合わせるプロセスを進めています。
そして、この理念を実現するための能力が箇条書きされています。
この中で、これは日本にも必要だと思ったのが、
「批判的理解」です。
(添付画像を参照してください)


与えられる知識とそれに対する批判はセットだという考え方です。
批判と言っても、相手の言うことを何でもかんでも否定したり攻撃したりするという意味ではありません。
物事を鵜呑みにせず、多角的に検討し、真実を明らかにするという態度を指します。
欧州は歴史的に他民族、他宗教から侵略され、または侵略し、物理的な地上戦と共に情報戦、認知戦の舞台となった場所です。
民衆はどの情報が正しくてどの情報が間違っているかを正確に判断しなければ生死にかかわるという体験をしてきました。
また、大航海時代、帝国主義の時代からグローバリズムが台頭し、国境を超えてヒト・モノ・カネが大量に移動し始めました。
その結果、生産者の顔が見えない多国籍企業の商品が国内に入るようになり、国民は賢い消費者として輸入商品の安全性や有効性を確認する必要が出てきました。
さらに昨今では、巨大資本が株主やスポンサーとなっているマスメディアやプラットフォームが、自分たちの都合の良い情報をコントロールできるようになり、偏向報道を見破る能力が必要となりました。
こういった背景と現状に対応するために、欧州では批判的教育が大切とされて来たのだと推察します。
一方で日本は「批判的理解」教育はほとんどなされていませんね。
あったとしても、情報モラル、IT有効活用法、ネット犯罪に巻き込まれない方法…などに終始しています。
最近になってようやく高校の「公共」「情報」等の科目でマスメディアの特性やバイアスに触れるようにはなって来たようですが。
「批判的理解」教育が浸透しない理由として、日本が歴史的に侵略された歴史や、国民が情報戦にさらされた経験がないことが大きいんじゃないかと思います。
また欧州が多民族国家なのに対して、日本はほぼ単一民族で、同調圧力が発生しやすい環境です。
戦時中に政府の方針やマスメディアのプロパガンダに異を唱える者は、非国民のレッテルを貼られ、村八分にされてきたというトラウマもあります。
さらに、日本の教育が古来より教本、教科書に書かれた唯一の正解をそのまま書き写し暗記するのが最も効率的な学習法として定着して来たことも挙げられるでしょう。
これは日本型教育の良いところでもあり、「批判的理解」教育の側面からは課題があるとも言えます。
日本にはこういった時代背景があるとはいえ、昨今のグローバリズムの流れにはもはや逆らえません。
我々が外国資本の食品、薬、医療、プラットフォーム、SNSと接触しない日はありません。
それだけではありません。
半分以上が外国人株主の企業も条件さえ満たせば、日本の政党に企業団体献金として寄付が可能です。
現在の日本のテレビ局の外国人株保有比率は20%を超えています。
外国勢による認知戦を仕掛けられているというのが日本の現状なのです。
日本政府やマスメディアの言うことをそのまま信じることは、必ずしも日本国民の利益になるとは限らないということです。
現在進行中のイスラエルと米国によるイラン攻撃について、
日本政府は「米国政府を支持する」と言い、
日本のマスメディアの多くは「民間人を巻き込んだ武力行使を非難する」
と保守(右派)またはリベラル(左派)の立場からそれぞれ異なる見解を表明しています。
しかし、どちらかの見解を鵜呑みにし、正義か平和かの二元論に終始することは、批判的理解としては不十分です。
セルビア人の友人は、
「トランプはイスラエルにエプスタイン文書の弱みを握られている」
「トランプは選挙にためにユダヤ系ロビイストに屈した」
「イランの核実装が完成間近だって、同じことを30年間言い続けているけど」
「ドンロー主義はどこへ行った?」
「軍産複合体(Military-Industrial Complex)が、下火になったウクライナ戦争から、今度はイランを標的に変えた」
などと好き放題言っています。
真偽のほどはさておき、なぜ戦争が起きているのか、この戦争の背景や構造はどうなっているのか、自分で情報収集し、自分の頭で考えることが大事なんだと、セルビア人から教わっている気がします。
少なくとも、政府やマスメディアの大本営に対しては批判的態度(クリティカル・シンキング)で臨んでいるということです。
現在もこれからの時代も、「批判的理解」教育は本当に大事になって来ると思います。
日本の教育に再び携わる機会があれば、積極的に取り入れたいと考えています☺️
フォロー
リブログ
コメント
大歓迎です🥰