その日。









あたしは、やわらかなニットのワンピースを着ていた。


ふわふわだけれど、デザインが可愛らしすぎて着るのに抵抗があった服。




思い切って・・・ほんの一歩だけ勇気を出してみた。













ふと・・・目線を下に落とし・・・その服の先に・・・ふるふると止まっている小さな存在に気づいた。















鮮やかなグリーンの・・・ウスバカゲロウ・・・透けた羽の紋様は、木の葉の葉脈のように・・・静かに息づいていた。















はっ、として乗っていた電車を降りようとした瞬間・・・ドアは閉まってしまった。





外に放ちたかったのだ。















どうか


次の駅まで動かないで。





このまま


とまっていて。















強く強く願っていたら・・・急に気分が悪くなった。


ずるずるとその場にしゃがみこむ。















ウスバカゲロウは、そろりそろりとあたしの服の表面をゆっくり遡り始めた。















オネガイ。


モウ・ウゴカナイデ。















ぎゅっ、と一瞬・・・目を閉じて・・・また開いた時に。















鮮やかな緑色の命は、あたしの視界から消えていた。















あたりを見回して捜してみたけれど・・・もう見つからなかった。















冷たい大気へと放つのと、人工的な暖気の中で終焉(オワリ)を迎えるのと・・・どちらがよかったのだろう。















ようやく立てるようになったあたしは、慌ただしく流れてゆく外の風景を眺めながら・・・見失ったその色の在り方を考え続けていた。















sin/綾羅