教訓
・「自分を守るだけの理由」で反論してはいけない。
反対してきたでは無く「反対してくれた」と考え、相手が自分に興味がある証拠だと喜ぶべき事である。自分は相手の意見を尊重し、耳を傾けよう。相手にお互いを尊重しあうという観念が無く、ただ論争で勝ちたいだけ、その反対意見が僕の事を嫌いだからという理由の場合でも一々腹を立てるな。没我的になろう。その時に自分を殺せなければ、自分の思い通りにいかないが故に喚き散らす餓鬼に成り下がってしまい、自分自身の価値や印象を下げてしまうからである。つまり、常に没我的でいれば議論や論争や口喧嘩が起らないという事になる。
と頭の中では分かっていても、自分の中に落とし込むのが難しかったので書いて言い聞かせる。
反対してきたでは無く「反対してくれた」と考え、相手が自分に興味がある証拠だと喜ぶべき事である。自分は相手の意見を尊重し、耳を傾けよう。相手にお互いを尊重しあうという観念が無く、ただ論争で勝ちたいだけ、その反対意見が僕の事を嫌いだからという理由の場合でも一々腹を立てるな。没我的になろう。その時に自分を殺せなければ、自分の思い通りにいかないが故に喚き散らす餓鬼に成り下がってしまい、自分自身の価値や印象を下げてしまうからである。つまり、常に没我的でいれば議論や論争や口喧嘩が起らないという事になる。
と頭の中では分かっていても、自分の中に落とし込むのが難しかったので書いて言い聞かせる。
こころ
夏目漱石の「こころ」は好きなので読み返す事がかなり多い。その時々によって「こころ」の内容に関して、自分自身の視点がコロコロ変わる。初めて読んだ時は「父の遺産を、叔父が欺き先生から奪い取った事」に着眼した事をよく覚えている。こころを読む少し前、僕の祖母が亡くなり、相続という物を両親の傍らで見ていたからだ。「相続」という問題に対して想像が曖昧であったが、実際に身近に起って「金」が絡んでくると、やはり欲に目がくらむ。詳しくは割愛するが、僕が目にした限りではあまり良い心地はしなかった。そのようになるならば、相続何てしなくても良いくらいに自分で稼いでいきたいなぁと高校生の時にぼんやりと思った。
