
契約恋人②
あれから既に10年は経っている。
だが若気の至りで済ますには到底許されない事であり、ウンスの人生の中で1番の屈辱の記憶でもあった。
あの男のせいで大学時代に微かに考えていた恋人を作りロマンチックな夜景を見る等の考えは瞬殺され、反対に男に対しての疑心暗鬼だけが増していった。そんな自分の態度に惹かれる男性などおらず、時々良い感じになっても夜の誘いまで来ると渋る自分に男性の表情も曇ってしまい、気まづいまま時間が過ぎその後は何時もの如くフェードアウトしていく。
何回自室の壁を殴っただろうか?
歯を食い縛りあの男に対しての憎しみを罵詈雑言として言葉を吐き出したか。
涙は乾き憎しみだけが残った今は、漸く手に入れた自分の城のクリニックをただ守っていく事だけを幸せとして過ごしている。
・・・なのに、何故今になってあの男が自分に関わって来るの?
「・・・確かに小さい頃は遊んでいたけど、他にも沢山子供達はいたし私と2人だけという事は無かったわ」
「そうよねぇ、チェヨン君は人気もあったしお家も凄いお金持ちだったから」
「別にその時はその子がお金持ちなんて気にもしてないわよ。
それに同じだったのは中学までで彼は直ぐソウル市に引越したじゃない・・・ん?」
母親との会話でウンスはふとある事を思い出した。
彼の実家は大邱市にある有名な製薬会社で、彼もそこを継ぐのだろうと進学した薬科大学の話を聞いてふと思った事があったのだが。
――・・・それって誰から聞いたかしら?
「・・・そういえば、彼はソウル市から大邱市に帰って来たのよね?」
「そう聞いているわよ?会社の役員に選ばれ今迄いた子会社から転勤になったとか」
今迄いた子会社がソウル市で本社がある大邱市に戻った。
それなら尚更江南区にクリニックがある自分とは更に関係無い筈なのに・・・。
そこまで考えウンスはハッと我に返った。
あの男の事を考えるつもりは1ミリも無いと決めたのだ。
何を言って来ようと全てにおいて彼の要求は拒否すれば良い。
「・・・お母さん達の体面もあるから今日は行くけど、これからは本人の承諾が無い限り勝手に決めないで!」
“これから”という事は、今日の親が決めたお見合いは確実破談になるとの説明に母親は少し無言になってしまう。
「でもウンス、あのチェヨン君て結構良い感じ・」
「ほら着いたみたい」
母親の言葉を遮る様に助手席から前方を指差し、目的地のホテルへと促した。
この国で親同士が決めた見合いは必ず受けなければならない事はわかっている。
だが、これは確実何かしら裏で仕組まれたものの様に感じるのは相手があのチェヨンだからだと思う。
まずあの時の事を覚えていれば彼が承諾する筈が無い。
つまりはこの見合いに彼の意思が混ざっているのだろう。
――会った瞬間顔を殴ってやろうかしら?
先程から怒りが静まらず、しっかり施した化粧でさえ崩れているかもしれない。
30の女だけど外見だけでも見栄で着飾ってやった。
その中でこの男は最低なのだと親族の前で暴露してやっても良い。
――そしてまた、婚期が遅くなっていくんだろうな・・・。
怒りの後ろに隠した寂しい気持ちを少し思い出しながらウンスは車から降りたのだった。
「え?ウンスちゃん?すっかり美人になって・・・」
大邱市にある最近新しく出来たホテルに入ったウンスと母親は、エントランスで待っていた組合長に迎えられたが、小さい頃のウンスしか覚えていなかったからか、年老いた組合長はウンスの姿を見て驚き口を開けていた。
「いやぁ、都会に出ると女性はこうも変わるのかねぇ?いやいや、ウンスちゃんは小さい頃から可愛い顔ではあったがねぇ」
「・・・ありがとうございます。でも毎日クリニックの仕事ばかりで生活なんて変わらないですわ」
ニコリと微笑むウンスに組合長はそうかい?と笑う。
――都会って。
遊んでるイメージでもあるのかしら?
そんなの20代でしょうに。
男運は無かったが、友達とはそれなりに楽しく遊んでもいた。それは実家にいたら確実出来なかった事でもある。
「ウンスちゃんに紹介したいのは・・・あぁでも同級生でもあったから覚えているかな?チェヨン君なんだが」
「・・・ええ」
――覚えていますよ、はっきりと。
「実はチェ家からユ家を紹介して欲しいと連絡を受けてね。わしも初めはびっくりしたんだがね――」
やはり、由緒あるチェ家から声が掛かる事は滅多に無いのか話す組合長も少なからず興奮している様だった。
それもそうだ。
チェ家は先祖に偉人がいるとの噂まである製薬会社の家なのに、いくら幼なじみとはいえ平凡な農家の娘と見合いだなんてチェ家に何があったのか?と勘ぐりたくなってしまう。
「・・・でも、チェ家みたいな由緒あるお家の方なんですから他にもお話があったのではないでしょうか?」
するとウンスの質問に組合長と母親は何故か顔を見合わせ、ウンスを見た。
「・・・?」
組合長は少し首を傾げると、それはと小さく口篭りだし、
「・・・それが、そうだと思ったんだがねぇ・・・あの家は確か・・・」
何か疑問に思う所があるのか、
結局組合長は待ち合わせの部屋に着くまで悩んでいたのだった――。
「・・・失礼します」
組合長がそう言いながらドアを開けると、そこはレストランのVIPルームなのか広い部屋の真ん中に少人数用のテーブルがあり、予約人数分だけの椅子が用意され片方には既にチェ家の面々が座っていた。
「あぁ、イさん。本日はありがとうございます」
彼の横に座っていた年配の女性が立ち上がり頭を下げるとチェヨンも立ち同じく頭を下げ、直ぐに戻しウンスを見つめて来る。
「・・・」
無言で見つめるあの顔は10年前と大差変わらず、ウンスは背中に寒気が走り抜けていく。
グッと喉元までせり上がってくる吐き気を何とか耐え、直ぐに視線を逸らし小さく頭だけを下げた。
「本日はヨンの両親が海外から帰って来ていないもので、叔母の私が代理として参りました」
「あぁ、いえ、チェさんも製薬会社の上層部の方でお忙しいと伺っております。今日はよろしくお願い致します」
組合長の言葉にウンスの母親も慌てて頭を下げ、
お互い椅子に座り、絵に描いた様なお見合いが始まった――。
・・・・・・
・・・・
だが。
やはりウンスの予想通りにチェヨンは何も話さなかった。
ウンスはニコリと笑顔のまま前を向いているが、チェヨンに焦点を当てる事なく更にその背後の窓を見る。彼の視線が始まりからずっとウンスに向いている事は知っていたが、それに反応する気は更々無かった。
「ユさんの娘さんをヨンが小さい頃に何度か見た事はありましたが、こんな美人だとは・・・」
チェヨンの叔母はウンスを見て組合長と同じ反応をしてから、チラチラとウンスと何も話さないヨンに視線を動かしていた。
「甥から話は聞きまして、今はお医者様なのでしょうか?」
「ええ、でも2年前に独立しましてクリニックを経営しております」
「ほぉ、その若さで独立ですか。優秀なのですね」
「それ程でも・・・」
確かにこの年で独立は珍しいかもしれない。
周囲と病院の同僚達のフォローが無かったら、継続だって危うい時もあった。
早まっただろうか?と考えてしまう事もあるけど、後がない状態の方が自分は動けるとわかっている。
・・・そして、この城をまだ手放すつもりは無い。
「それでも毎日が楽しいですね、漸く叶った夢ですから」
暗に今は結婚など考えていない、寧ろこの男となど以ての外との意味も込めウンスはとびきりの営業スマイルを2人に向けた。
叔母の女性はウンスの言葉の意味を汲み取ったのだろう、チラリと目を隣りのチェヨンに向け、
彼もまたウンスの言葉に一瞬だけ小さく唇を噛んだ。
――しかし。
「そうですか。
でしたらきっと私はユさんのお手伝いが出来るでしょう」
――・・・・・ああ?
終始無言だった男が言葉を発したが、
その言葉にヒクリとウンスの口端がひくつく。
誰が、アンタなんかに――!
彼は変態です!
この人、実は昔私に猥褻な事をしたんです!
ギリと奥歯を噛み、言葉を吐き出そうとしたが――。
チェヨンは口角を上げウンスを見つめたまま小さく微笑むと、
「・・・実は、私とウンスさんは・・・お付き合いした事がありまして。
私が彼女を諦めきれなかったんです。
なので、今回チェ家から其方にお願いしたのです」
・・・・・・・・はい?
この男と付き合った事なんて1度も無いけど?
手を出されたのもあの時のみで、10年全く知らないんですが?
「・・・それに、それなりの関係にもなったし・・・ね?」
――・・・・本当に彼は何を言ってんの?
彼の言葉にこの場所に来た自分が馬鹿だったのではないか?
怒りよりも薄ら寒いと身体を震わせてしまう。
しかし、チェヨンの言葉に組合長と母親はウンスの顔を見て驚愕しており、彼の叔母もまた驚いた顔で彼を見ている。
唯一冷静にウンスを見て淡々と話すチェヨンの声だけが部屋内に響いていた。
「・・・私は、ユウンスさんと“結婚”を前提としたお付き合いをしたいと思っています」
③に続く
△△△△△△△
②にヨン側出そうと思ったのですがね、
お見合い始まっちゃった・・・。
あれ?🙄
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