
契約恋人⑨
レストランに入り2人が店内を見渡すと、窓側のテーブル席にヨンの両親が座っていた。
「俺も2人に会うのは2年ぶりなんだが・・・」
「貴方、祝日に帰らなかったの?」
「親のどちらかが必ず急用が入って2人が揃わなかった」
「ご両親が役員なのも大変ね・・・」
話しながら席に近付くと父親が2人に気付き、一緒に来たウンスを不思議そうに見つめていたが、あ、と口を開け、
「君は・・・、もしかして大邱市のユさんのお嬢さんかい?」
「はい、お久しぶりです。ユウンスです」
「まあ!ヨンと同じ小学校だったユウンスちゃん?」
はいと返し、ウンスが両親に頭を下げた。
息子よりも横に立つ美女に両親は驚き目を丸くしている様で、その間にチェヨンは椅子を引きウンスを座らせると自分も隣りに座り再び会話が始まった。
「てっきりヨンだけだと思っていたんだが・・・。会うのは10年以上も前かな?」
「彼女はソウル市で医者になって、今は独立してクリニックを経営しているんだ」
「あら、凄いわね!」
「いえ、そんな・・・」
チェヨンの両親はウンスの小さい頃の記憶しかないのだろう、田舎の少女がソウルの江南区で成功している事に余程驚いたのかしきりに感心している様だった。
「実は、チェ製薬会社の化粧品や商品も販売して貰っています」
「そうなの?・・・あら、でも・・・」
チェヨンの言葉に母親は口篭ると、何故かチラリとウンスを見て来た。
――・・・ん?
その眼差しに気付いたウンスは横に座るチェヨンを見たが、彼は此方を向かず父親に話し掛けている。
――やっぱりチェ製薬会社の商品を扱うのは難しいのかしら?
「お父さん達が大邱市に戻る前に1度ソウル市に来ると聞いて、彼女もお呼びしました」
「話?」
チェヨンの言葉に父親は彼とウンスを見て来るが、予想はついているのかもしれない。
だが、チェヨンが言葉を発するまで催促しないのは人柄なのだろう、ウンスもまた彼が言うまで自分の番では無いと待っていた。
チェヨンは小さく咳をし、1度ウンスに目線を向けた後正面に戻す。
「・・・“俺は、彼女と、・・・ユウンスさんと結婚したいと思っています。”」
「・・・え?」
両親から小さく疑問の声が上がった。
母親は目をパチパチと瞬かせその目をウンスに向けて来て、その丸い目を受け止めウンスは、ううと小さく声が漏れてしまった。
――違います、私はそんな事全く思っていませんよ。
でも、申し訳ありません。
この男のせいで私も嘘をつかないといけないんです。
言い訳めいた言葉を考えてしまい手を強く握り締めていると、何故か隣りのチェヨンは膝の上に隠していたその手を握ろうとし、
「ちょっ、触らないでっ」
「ッ、うぐっ」
思わず横に座るチェヨンの脇を殴ると彼は身体を硬直させたが、チラリとウンスを見た。
「芝居だから・・・」
「触らなくても出来るでしょうが!」
争う小声は正面の両親に聞こえていないのか、先程からの驚いた顔をチェヨンに向けている。
だが、やはりそこは両親には納得出来ない事でもあり、
「しかし、ヨン。既に婚約者が・・・」
そう言い眉を顰め、
それに対しチェヨンは小さくため息を吐き出すと反論した。
「俺は1度もその婚約者を認めた事は無い筈です」
「しかし、タン家はチェ家には関わりのある家なのだよ」
「昔は、でしょう?しかも、朝鮮時代よりも前の時代など・・・。
はっきり言ってこの2000年代に必要ですか?」
「だが、チェ家は国内でも知られているし他人が知らない訳では無い」
「その有名なご先祖様に恥ない様にですか?しかし、数百年の間に1つも無い等とはたして言えるでしょうか?ご先祖様でさえ1人の命も奪って無いと?それは有り得ない、大将軍ですからね。では人から指を差される程の違反とは何でしょう?大将軍よりも酷い事ですか?」
「何と。ヨン、それはご先祖様に失礼だぞ」
「・・・わかりませんよ?記録が無いだけで、そのご先祖様だって好きな女性を攫って来たかもしれないでは・・イテッ!」
何故彼が興奮してきたのかはわからないが、長々と話し始めたチェヨンの脇を再び殴りウンスはチェヨンを止めた。
「チェヨン!それは失礼過ぎるわよ!」
「すまない・・・」
「私じゃなく、ご両親に謝りなさい」
「・・・興奮して失礼な事を言いました。すみませんでした」
「・・・いや」
確かに最近は静かになったがヨンは元々よく話す子で、初めて婚約者の話をした中学生の頃は暫くこちらに抗議していた。
言わなくなり考え方も大人になったと思っていたが、ただ黙っていただけだったのか?
しかし、ヨンがいくら抗議しようがチェ家とタン家の間で既に約束も交わされている。
「・・・ユさん」
「はい?」
「・・・ヨンが何を言おうと、チェ家の掟も守っていかなくてはならない」
――・・・あ、それはつまり私が身を引けという?
・・・別にいいけど。
だが、すかさずチェヨンは嫌だと横から声を上げた。
「何故好きでも無い女性と夫婦にならなければならないのですか!」
「で、でも、ヨン、メヒさんはとても優しい人よ?」
「優しい?ウンスのクリニックにスパイを送らせる女性が優しいですって?」
「ス、スパイ?」
「お父さん達はまだ気付いてないのですか?タン家が製薬会社内に身内を入社させている事を。
ソウル支社の半分はタン家の関係者ですよ?」
「えっ?」
両親に怪訝な表情で返す彼の話を聞いて、そこまでは知らなかったのか2人は唖然とし、ウンスもまたチェヨンの言葉に驚いた。
「え?あの男性、メヒさんのスパイだったの?・・・普通に貴方を嫌いなだけだと思ってた。営業が得意そうだったし・・・」
「・・・ユウンスは、あういう男が?」
「何言ってんの?そんな事誰も言ってないでしょう?」
「あー、そう」
「何、その声?」
――何処に食い付いてんの?芝居止めるわよ?
ウンスが睨みつけるとチェヨンは漸く大人しくなり口を閉じた。
静かになった空気に小さく息を吐いたウンスはチェヨンの両親を見る。
「・・・“私はチェヨンさんと離れる気はありません。諦めるつもりも無いです”。」
少し棒読み感が否めないが、眉を下げもの悲しげに言った姿は良く出来ていたと思う。
「・・・それは」
申し訳なさそうに言う父親の表情が心苦しい。
チェヨンを見ると横から此方を凝視していて、お前も何か言えと肘で突くとハッと我に返った彼は直ぐ前を向いた。
「・・・俺は、婚約者が出来る前からユウンスが好きでした。
・・・他の病院に商品を卸すのを止めていたのも彼女の為です。
俺はユウンスにしか渡さないと決めていましたので」
――・・・・んん?
台詞の中に知らない話を聞き、ウンスは思わず彼を見てしまう。
しかし。
「・・・それって、ウンスさんの事だったの?」
「・・・頑なに病院に卸さないのはそれだったのか?」
と、両親は彼の言葉に反応している。
――・・・・え、何が?
「メヒという女性の為では無く、数年前からそれはユウンスの為です。
俺はあの女性に対して何もする事はありません」
「・・・」
父親は黙ってしまい、母親は悩み始めている様だった。
――どういう事?
「・・・・・」
チェヨンの言葉の意味を汲み取ろうと、ウンスが彼を見ているとチラリと目を一瞬だけ向け直ぐに戻された。
チェ家の商品を病院などに卸さないのは有名な話だが、それは自社の販売店があるからだと考えていた。
だが、そうでは無く敢えて卸さなかったと?
チェ製薬会社が化粧品関連を製造し始めたのは10年程前からで、それも含め取引先は無いに等しい。
――10年前?
・・・いやいや、まさかね。
・・・まさか。
「ユウンスさんのクリニックに商品を卸しているという事が全てにおいて真実です」
チェヨンの言葉に両親は完全に納得はしていないものの、
反論する気は無い様でただウンス達を見つめていたのだった。
先に帰るという両親に礼を言い、2人はまだレストラン内にいた。
両親が去ってからお互い話す訳でも無く、隣りに座っていたチェヨンは両親が座っていた向かいの椅子に座り直すとただ黙ってウンスを見ている。
ウンスもまた店員が持って来たコーヒーを少しづつ飲んでいたが、そっとそれをテーブルに置いた。
「・・・まさか、そこまであの時考えていたのかしら?」
「・・・ああ」
「何なのか、全く・・・」
「すまない」
「・・・もしかして、チェ製薬会社内で美容関連の商品を製造すると発案したのは貴方なの?」
「ああ」
「販売も?」
「ああ」
確かにチェ製薬会社が化粧品の製造を始めた時は周囲が少なからずざわついていた。昔からの漢方医学を大事にし、主に薬剤や治療を目的とした発明、製造だった会社が美容にも手を広げ、やはり本国で生き残る為の道を模索し始めたのだろうとさえ噂もあった。
だから、販売店かネットのみの販売でそこまで手広くしないのだろうと・・・。
そうでなく、敢えて卸す場所を選んでいた。
しかも、この商品の責任者はチェヨンだったという。
・・・そして、彼はあの時から既に考えていた。
「・・・貴方って、本当に才能あるしきっと凄く頭も良いのに・・・バカなのね」
「・・・うまく考える事が出来なかったんだ」
「あの時20歳なんだから、それなりに異性の扱いだって・・・」
「ユウンスは、あったのか?」
「・・・それは・・・」
お互い事情もあり、
レベルの高い大学に進学した2人にそんな余裕は無かった。
チェヨンの行動は今思い出しても腹立つが、10年経ってわかったのは勉強は出来るがそれしかして来なかった人間の行動ともいえる。
「・・・あの時は、言葉が見つからず・・・」
「格好良い言葉で誤魔化そうとしないでよ。単に他人とうまく会話出来ないからでしょう?」
「うっ」
言いたいのに言えない。
でも自分も他人と関わりたい。
それを言えず、羨ましそうに遠くから眺めていた小学生の頃と変わっていなかったのだ。
少し大人になった分、あの時は違う行動をした訳だが――。
「しかも、興奮するといきなり饒舌になるし・・・」
チェ家に対して今までの不満をぶちまける様に話すチェヨンが長年我慢していたのだとわかったが、自分の先祖を侮辱する必要は無い。
「・・・何時かユウンスが薬が必要になるならそこに営業に行こうと。医者を辞めていても何かをユウンスに送ろうと考えていた」
「・・・で、“俺は今結婚する気は無い”とチェ家に言うつもりだったんでしょう?」
「・・・」
「やっぱり完全に巻き込まれじゃない・・・はぁー」
彼が生涯独身を貫き通しても、何時かは何が原因かと見つかり自分もチェ家やあの女性から責められるのだろう。
そしてどう足掻いても数年経ったらチェヨンが自分の目の前に現れるのも決まっていたのかもしれない。
――・・・『運命』では無い。
これは全てチェヨンの意思だわ。
彼が先々まで考え実行していたからで、
これを『運命』などと結論づけたら
喜ぶのは彼1人だけだ。
――・・・チェ製薬会社の商品をこのまま納品続けて良いのだろうか?
これさえも彼の策に入っていたのだから・・・。
「・・・化粧品はユ家に必ず送ろうと思っていたし、勿論金など請求しないつもりだった」
――ヒェッ!
ウンスの心を読んだ様に言って来たチェヨンの目に力が篭っており、
ウンスは久しぶりに背中に冷たいものが走った――。
「・・・」
「・・・」
とりあえず下りるエレベーターには2人で乗り込んだが来た時と同じ様に離れ、チェヨンは後ろに手を組んで壁に凭れたまま表示される数字に目を向けている。
上がる時と違いエレベーター内に彼だけで無く、他の人もいるがウンスと約束した通りにしている彼本来の生真面目さが垣間見えた。
2人の間には年配夫婦と若いカップルの2組がいて下りる間もお互い楽しげに会話をしており、
スーツ姿のチェヨンとワンピース姿の自分がいくらオシャレをしても、スエレベーターの両端に立ち無言でいれば彼らには恋人にも知り合いにも見えないだろう。
それで良いと思うのに、そんな事をしている自分が何故か惨めにも見えた。
1階エントランスまでにその2組はいなくなってしまい、ウンスは別な階に何かがあるのだろうか?と閉まりそうな扉の隙間をチラリと覗く。
「他の階は宿泊施設やイベントホール、個展会場があって、・・・今は特設水族館がある」
「・・・ふーん」
――水族館かぁ。
見たい様な気もするが、そんな所に1人で行く気もならずへぇー、とまた小さく呟きウンスはいた場所へ戻ろうとしたが、
――ガチャ
「・・・ん?」
音がした方を見ると閉まるドアに自分の靴を挟んでいるチェヨンがいた。
靴を挟んだドアは再び開き廊下が見えてきたが、何をしているんだ?と目を瞬かせたウンスにチェヨンは顔だけを向ける。
「・・・」
「・・・・え?行きたいの?」
「いや、ユウンスが行きたいのかと・・・」
「別に」
「・・・」
するとチェヨンがウンスに手を伸ばしそれにビクリと反応してしまったが、彼はウンスの手首をそっと掴み引くと、エレベーターのボタンの閉ボタンを押し急いで廊下に出た。
「・・・え?」
「水族館は今日までだから」
今見ないと次イベントまで見れないと言い、
ウンスを見下ろして来た。
「見たそうな顔だったから」
「・・・」
――・・・そうだけど。
一緒に見るのがチェヨンとだなんて・・・。
・・・・と、思った筈だったのに。
「・・・水族館の魚、綺麗だったー。思わずポストカードも買っちゃった!」
「・・・何か、嫌いて言っていた割には普通にチェヨン氏とデートしてません?」
「しかも、水族館・・・仲良くなったんですか?」
「――ッ、は!そういう事では・・・」
次の日クリニックに出勤したウンスが昨日買った水族館のポストカードを見せ話しているのを、
不思議そうに眺めるスタッフ達がいたのだった――。
「大邱市にヨンのご両親が帰って来たの?」
「ああ。今日の夜行ける様に準備しておきなさい」
「わかったわ」
メヒは急げとばかりに2階への階段を登ろうとしたが、父親に止められ足を止めた。
「そうそう、ヨン君も来るそうだよ」
「・・・え?」
「良かったじゃないか、きっと彼も結婚する気になったのだよ」
「・・・」
歩いて行く父親の後ろ姿を見ながらメヒは眉を顰めた。
――おかしい。
ヨンが自分に断って来たのだから、また来るというのは・・・。
・・・何か嫌な予感がする。
メヒはスマホを取り出し、見張りを呼ぶ為に電話を掛け始めた――。
⑩に続く
△△△△△
・・・やばいわぁ、10で終わらんかも💦
そして、
この話は後程少しエロいのもある訳で(笑)

