
契約恋人⑰
結局ウンスが予約した部屋は使われる事は無く、
チェックアウトする際はヨンが2つのキーをフロントに返した。
「ありがとう」
「あ、ありがとうごさいました」
キーを返して来たヨンにフロントスタッフは焦りながら受け取り、支払いは2部屋ともヨンが払うと言う事に正面の2人をスタッフ達は伺ってしまう。何しろ彼の片手はずっと女性の手を握り締めているのだ。
「まだ時間があるなら少し寄りたい場所があるんだけど」
「今日の夜までに帰れればいいから」
「なら、大丈夫そうだね」
そんな会話をしながら2人は去って行ってしまい、その姿を見送ったスタッフ達はなんだとため息を吐いた。
「仲直りしたのかしら?」
「そもそも彼氏の方は彼女を追い掛けていたじゃない。結局は女性が機嫌悪いだけだったのよ」
「うーん、やっぱりあのイケメンを捨てるのは惜しいものねぇ」
「そういえば、あの男性何処かで見た事あるなぁて思っていたんだけど、チェ製薬会社の御曹司に似ていない?」
「知らない、そうなの?」
「チェ製薬会社は有名よ?数量限定の化粧品が買えないってのも話題だし」
「あ!それか。ネットで即sold outになっちゃうやつ!」
「かなり前から化粧品の中に幹細胞培養液を入れる技術を開発していたとかで、数年前からパックにも微力電流が流れるとかも考えていたみたい。噂では他の会社もそれを探ってた・・・とか。要は発想が最先端らしくって製薬会社なのにどういう事だ?と一時期話題になったのよね」
「きっと科学者なみの社員が入ったんじゃない?」
「いえ、それを考えたのがその御曹司だとまた噂があって」
「ええー?すごい・・・今のイケメンが?」
「君達、仕事中だよ」
「は、はい、すみません!」
とうとう後ろから男性が現れ小さく咳をする。2人は慌てて声を止め、受付業務へと戻ったのだった。
「わー・・・」
着いた場所にウンスは口をあんぐりと開け空高くそびえるビルを見上げていた。
大邱市でもチェ製薬会社のビルは有名で街が開発されているとはいえ、それでも近未来感のあるこのビルは異質に思える程だった。
「中に」
ヨンが車から降りウンスの手を引いてここまで来たが、自分が入るのはと不安になってしまい足を動かせずにいるとヨンは大丈夫だと微笑んでいる。
「中には叔母さんもいるし、あの秘書達もいるから何か言われたら直ぐ駆けつけるよ」
「それなら・・・」
しかし。
入った途端、社員達の視線が一斉に此方に向き驚きの表情を向けられている事にすぐ様にウンスは気が付いた。
違う。
私では無く、彼らはチェヨンを見ている。
通り過ぎる度に頭を下げて来る社員達だが、驚愕の眼差しをヨンに向けその後にウンスへと向けて来ているのだ。
「・・・何?何かあったの?」
「?」
思わず小声で横に並ぶヨンに尋ねると彼もわからないと首を傾げていた。
彼の部屋はビルのかなり上という事で、一緒にエレベーターに乗り込むとヨンはウンスの腰に手を回して来る。すっかり2人の距離が無くなり、ヨンは人目が無くなると直ぐウンスの手や肩に触れてくる様になってしまった。
「ちょっと腰触らないで」
「・・・」
「その無言も止めなさい」
「・・・帰る前にユウンスの実家に行きたいんだけど」
「ええ?」
「何で嫌そうなんだ?」
「いえ、今行くとまたお母さん達が騒ぐから・・・」
「でも俺の意思はもう変わらないし、何時かは・・・」
「うーん、もう少し落ち着いてからの方が・・・」
「どうしてだ?何か理由でも?」
「そうじゃなくて、チェ家の・・・」
2人が話しているうちにヨンのデスクがある部屋に着き廊下に出たが、部屋の前には1人の男性が立っており此方に気付いた彼は皆と同じ様に驚いた顔に変わっていた。
「あ、・・・今チェ氏を呼びに行こうと」
「上層部が呼んでいるのか?」
「いいえ、呼んでいるのは開発部で」
「なら、内線に電話する様伝えてくれ」
「わかりました」
男性は頭を下げたもののウンスの顔をちらちらと伺い、この女性は?と警戒の眼差しになっている。
「彼女は、ユウンスさん。チェ家の知り合いだ」
「・・・お邪魔します」
チェ家の知人だとわかった彼は、再び頭を下げ挨拶をして来た。
彼の名前はイ・チュンソクと言い、ヨンが総ている化粧品販売部の社員だった。彼が指揮を執っているこの部署と開発部にはヨンが信頼する者達が何人か配属しているらしく、その中で数年掛けて今話題の化粧品等を密かに開発しているという。
「チェ氏は素晴らしい方です。先見の才能があるかの様に提案していくのですよ」
どうやら彼はチェヨンを尊敬しているのだろう。
年齢的にはそう変わりはしないが、意外と不器用なヨンとしては仲間がいる事はとても良い状況だと感じウンスはにこりと微笑み、その笑みの意味をヨンも理解出来たのか、少し照れくさそうにしながらも彼を見て優しい眼差しになっている。
会社内でのヨンの評価や人物像はまだわからないがチェ家の跡取りとしての資格は十分にあるとは思うし、彼の身体の体質は・・・何も問題は無いのではないか?とウンスは心の中でそう纏めていると、そういえばとチュンソク氏が話を切り出しそれを聞いたヨンはすっかり忘れていた様に気の抜けた声を出した。
「あぁ、そうだ。上層部だけで会議すると叔母さんが言っていただろう?タン家やアン氏、ソウル支社の数人も呼ばれたらしい」
それを聞き、ウンスは何て事と焦り出す。
「大変な状況なのに、私来ちゃ駄目じゃない!」
「どうして?」
――少し不服そうな顔は何なのか?
「今チェ製薬会社が内部分裂するかもしれないって時に見学しにでも来たのかと思われたら・・・」
「それは無いよ」
「チェヨンも呼ばれるかもしれないのよ?」
「呼ばれたら行く」
「貴方ねぇー!」
「大丈夫だ、叔母さんはある意味会社の女帝だからな。ライバル会社と繋がっているとわかるものなら個人にでさえ裁判を起こす程に容赦が無い」
「ヒェッ」
あの秘書達を引き連れ頂点に君臨するのがあの年配の女性なのだと考え、ウンスは何故か寒気が起きた。
自分は気に入られたという。
良い事だったのだろう。
素直に喜ぼう。
ウンスは深く考えるのを止めた。
上層部内で行われた会議で今まで大人しくしていたヨンの叔母の本来の姿が現れていた。
まず、ソウル支社を撤退するとの発表にこれには大邱市本社の上層部内でも意見が出た。しかし、ソウル支社を撤退しそこにいる社員の希望を取り本社かアメリカ支社への転勤を決めるとの発言に更に会議室はざわめいた。
「待って下さい。その撤退費用や社員の配属費用はどうすれば良いのです?」
「全てチェ製薬会社が負担するに決まっています」
「いや、家族がいる者だっているし、家を持っている者もいるんですよ?生活だってあるのだから」
「ああ、確かにそうですね。チェ製薬会社支社を撤退させその場所に新しい会社を入れるつもりです。今ソウル市は1番の発展都市になっています。元々漢方医学から続いていた製薬会社中心という事も周囲との雰囲気に合っていなかった。
なので、やはりこれからもチェ製薬会社を継続、発展させていく為にはその場所に合った会社が必要なんです。その会社に残りたい者も希望を取ります、ただ今までの古い考えを誇示する様な社員なら必要無いしましてや企む者等以ての外、我々チェ家がただ薬ばかりを弄(いじ)っている人間だと甘く見ている者もいる様ですがそういう裏は全て記録し逐一報告されています。今誰かがペーパー会社を使い株を密かに購入している様ですがその会社に行った株等は無効する事も可能だとお伝えしておきます。
良いですか?チェ製薬会社はこの国で何十年何百年続いた家が積み重ねてきた会社です。
立派なご先祖様やチェ家に医学を根付かせて下さった方々に恥じない生活を送り続けるのがチェ家の、私の経営理念です。
・・・もう一度言います、何か争うというなら国内外に名の知れたチェ家をお相手にする事だけは絶対に忘れないで頂きたい。
私が言いたいのはこれだけです」
会議室は静寂に包まれ、誰も声を上げる者はいなかった。
会議室に呼ばれていたアン・ジェウクはガタガタと震え、自分がペーパー会社を密かに作っていた事を知られていたのだと真っ青な顔で転勤など望めないと絶望していた。他の数人も同じなのか大会社からの解雇だと先の生活を想像し慌てふためいている。
タン氏はギリギリと歯を食い縛って睨み付けていたが、ある事を思い出し口角を上げた。
――ああ、まだあったではないか。
「私は被害者だ!」
突然席を立ちタン氏は声を荒げ始めた――。
⑱に続く
△△△△△△
新しい会社て何だろう?
会議室、ざわざわ・・・、ざわざわ。
(カイジか?)
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