
誓約恋人㉖
「・・・あのー?」
駐車場から帰って来たトルベ達が、店前で2人の世界に入っているヨンに恐る恐る声を掛けると何だと睨まれた。
――いや、俺達が悪いのか?
困惑顔でトルベの後ろにいるトクマンも見つめており、ウンスも我に返るとヨンから離れ様と手を伸ばしたが彼は嫌だと言わんばかりにガッチリと腕を動かさない。
「ちょっと、チェヨン」
「まだイベントが終わっていないからユウンスも中にいて欲しい」
「いるけど・・・」
製薬会社の面々の痛い眼差しが気にならない事も無く、どうしたものかと考えていたがヨンの顔は先程よりも機嫌良く早く入ろうとウンスを促していた。
「上層部は何も出来ないさ」
「・・・?」
ヨンに促されながら店内に戻ると出版社の記者が我先にと2人に近付き、ウンスを見ながらこの女性はと尋ねて来た。
「彼女は、ユウンスと言います。後にチェ家の関係者になる人です」
「え?」
つまりは――。
驚いた記者がウンスとヨンの顔を交互に見ながら、更に聞き出そうと2人に詰め寄ろうと動こうとしたが、
「チェ社長」
店内にいた上層部の中から声が上がり、
声を上げたのはサラの父親のイ部長だった。
「何か?」
「今日その女性を呼んだのはもしやそれを公表するつもりだったのですか?」
「はい」
「でしたら少しお待ち下さい。まだ我々に説明も無い状態ですが・・」
「以前も言いましたが、俺の婚約者について何故貴方達の許可を取り付けないといけないのでしょうか?」
「それは代々チェ家を継続していくにあたり、我々も昔から協力していたからです」
協力し合ってと彼等は言うが、実際は何百年の間にチェ家が製薬会社を大きくするにつれ自分達も関係者だと名乗りを上げて来た者ばかりだったと叔母は話していた。由緒あるチェ家と繋がる事で自分達の家も安泰になっていった事を自覚しながら、それに便乗し経営方針にも口を出して来る。
『まるでチェ家が昔の王様の様だよ。
周囲が兎や角口出しし、決定権さえ無くされてしまうとは。
これを見たら偉大なご先祖様は嘆くだろうよ』
叔母が常々そう苦言を漏らしていたが、最近になって漸く改革出来ると意気込んでもいた。
そして、そのきっかけがウンスだとも叔母は話す。
『上層部を黙らせる1番の切り札はウンスさんだったのさ。全く、お前は運が良かったんだね』
ヨンがウンスに惚れ、行った行為は確実に彼が意図したものだが彼女がチェ家を救う切り札だった事は正に偶然だ。
ヨンは難しい顔を並べた上層部に視線を向けると、
「貴方達が言う事にも俺は従っているのです。他に何の異議があるのか?」
「いや、彼女は・・」
「彼女の苗字はユ(柳)です。彼女の家系こそチェ家と最も深い関わりがあると言っているのですが」
「ユ・・・?」
首を傾げる上層部達だが、近くにいるサラは気付くと口を開け驚愕した表情に変わっていく。
「え?だって、あれは何処の人だか・・」
「タン家が策略を企んだおかげで、族譜を見つけ真実もわかったのです。そうでなければ永久に知る事が無かったかもしれませんね」
――今更ですが、タン家に感謝しなければならないな。
そう言うヨンの顔は強い眼差しでにこりと笑い、上層部達を見つめている。
サラはまだ困惑気味にしている上層部にウンスの家系を伝えると、そんな馬鹿なと声が上がった。
「証拠が・・」
「気になる方は江華島にある歴史記念館に行って下さい、国保管としてチェ家の族譜と装飾品が飾られていますので。それを残したのはあの墓に名が刻まれているユ夫人で本貫が書かれていました。夫人の本貫は大邱市だそうです」
「え?そうなの?」
それはウンスも知らなかったらしく、ヨンの説明に目を丸くし見つめてしまう。
「少し前に叔母さんがユウンスのご実家に行って族譜を確認して来たそうだよ。途中から修正されていた様だが、何十代前に女性が1人王宮に上がっていたんだ。その人をあの大将軍が見初めたのかもしれない」
実際彼女が女官だったのか、下働きだったのか、はたまた遠征に行った際にあの将軍が連れて来たのか謎だが一緒に墓まで入る位に離れたく無かった事はわかる。
ヨンの説明を理解した上層部達は呆然と2人を見つめ、イ部長はサラをちらりと見て戸惑いながらヨンに話し掛けた。
「待って下さい、サラを会社に入れたのは・・・?」
その言葉にヨンは眉を顰め、
「彼女は化粧品会社に勤務していた経験があるからと紹介されたので、即戦力になると考えただけです。・・・他に何か?」
「ぐ・・・」
ヨンの顔を見上げていたウンスは少し離れた場所に立つチュンソクにも視線を向けると、にこやかに頷いている。
どうやら、他の社員もそう納得し彼女を入れたらしい。
――・・・モヤモヤしていたのは自分だけだったのね。
この歳で恋人と言える存在が出来て余計な事まで考えてしまい、大人な対応をと少しでも考えた自分が恥ずかしいとウンスは誤魔化す様に小さく咳をした。
出版社の記者は新店特集の為に来たが、それよりもいずれ彼の妻になる女性があの大将軍の墓に刻まれた女性と関係があった事に驚愕しそれを更に聞き出そうと企画を変え始めた。
確かにチェ家情報の中に『チェ家と結婚する人は独特な決まりがある』とも聞いており、調べると高麗時代、朝鮮時代に何らか関わっていた家から嫁を貰っていたという。
何とも昔臭い風習だと嘲笑う者もいて、財閥等も裕福層からしか娶らない話もある為そんなものだろうと思っていたのに――。
「まさか今の時代にあの夫人の繋がりがわかるなんて・・・」
今の製薬会社内の会話を聞いている限り、チェヨン氏が彼女を見つけ恋人にしそれに反対する者がいた。
・・・という事らしいが、これは1番の決め手ではないか?
ユ夫人の家系なら誰一人異議を上げれる訳がないのだから。
「これは凄い情報まで手に入ったぞ。とりあえずキム達に連絡しろ」
「キム氏?芸能の・・・?」
「少し前に製薬会社内でゴタゴタがあったと調べている奴がいたんだ。そっちに回してくれるだろうよ」
「わかりました!」
記者の1人は慌ててメールを打ち始め、もう1人はヨン達の動向を写真に撮りだした。
――・・・チェヨン氏は今まで大人しくしていたのか。
ここぞとばかりに色々情報を出して来るとは。
大人しいチェヨン氏にチェ製薬会社の跡取りは何時になったら、表舞台に出て来るのか?と他社の記者達と失笑めいた会話をしていたがこれを見ると彼はなりを潜めていたという事なのだろう。
ソウル支社の件も密かに彼が調べた情報で閉鎖するという改革を起こしたとも聞いている。
「・・・彼はやばい策士になるな・・・」
今は彼の叔母が製薬会社の全ての権限を持っているらしいが、次は必ずチェヨン氏なのだ。
既に化粧品会社の全株はチェヨン氏がもっている。
次は製薬会社か――。
「・・・――ですので、ユウンスが俺と婚約する事に反対する者はどうぞ製薬会社から離れても構いません」
周囲の人々がどう見るかは既に決まっていますので。
――この国で反対する者などいる訳が無い。
小さい頃から教科書で学び、祠堂見学まで行かされていたのだ。
名前を知らなかったとは言えないわ・・・。
「・・・何て事」
口元を隠したまま上層部の中にいる父親に目線を送ったサラだったが彼は動揺しているのか視線を彷徨わせている。
その姿にサラは周囲に見つからない様にため息を吐き出した。
――・・・僅かに期待した自分が馬鹿みたい。
今まで父親の言う事は製薬会社にとってプラスになると思い今回それに便乗してしまった自分がいたが、自分は初めから何の対象にも入っていなかった事を思い知らされ居心地の悪さに店から出て行きたいと思っている。
もしかして、前婚約者もこうだったのだろうか?
なら、何て私は間抜けなの、
二の舞いになっただけなんて――。
でもまだ大丈夫――。
「おめでとうございます。チェ社長、ユさん!」
にこりと微笑み2人を祝って来たサラにヨンはありがとうと礼を言う。
サラの内心を知っているウンスは一言礼を言うだけに留まり、それ以上は言わず微笑むだけにした。
女性同士にしかわからない空気感をヨンは気付かないし、頭の良い彼女は祝う事に切り替えて無関係を装う方を選んだのだから敢えて『実はサラさんは・・・』と話すつもりも無い。
しかしながら今後もヨンの近くにいるのなら侮れない人にはなるだろう。
チュンソクが安堵した顔でヨンに近寄り、
「おめでとうございます。あぁ、良かった安心しました!」
「何が?」
何故チュンソクが嬉しがっているのかわからないヨンは不思議そうにウンスを見て来たが、
「さあ?彼らも貴方を心配していたんじゃないかしら?最近何かと騒ぎが多かったし・・・」
「そうなのか」
ちゃんとは理解出来ていないヨンに他の社員達もお祝いの言葉を言って来る。
まだ上層部の面々は戸惑っている者もいたが、少しずつヨンに近付きウンスとの婚約を祝い始め
イ部長は何て事だと焦り顔をサラに向けたが、
「お父様、少し深読みし過ぎではありませんか?チェ社長や私をどの様に見ていたのか・・・」
「サラ・・・」
「・・・“私は前の婚約者の様に笑い者になるのだけは嫌ですので”・・・」
小さい声で言ったサラの言葉はイ部長には届いた様で、
「・・・わかった」
とだけ言い後は言葉を発しなかった。
数時間後、
ヨンとウンスの婚約発表は直ぐ様メディアで大々的に放送され、話題の化粧品会社社長と婚約者は国で知らない人はいない家系の親族でもあったという事にヨンに興味を持った人達や何故か考古学者等も製薬会社に問い合わせをして来る様になった。
叔母さんが呉々もウンスの実家には押し掛けるなとメディア達に圧を掛けた為か、ウンスや実家が対応で大変になる事は無かった――が。
次の日から再びウンスのクリニックには見物人やヨンのファンの女性達の攻撃的な空気を受ける様にはなってしまった。
「・・・はー・・・また」
比較的好意的に受け止めてくれるお客が多かったが、偶に『どうして貴女みたいな人が・・・』と言葉を投げ掛けても来る人もいる。
「まぁ、あれだけの人達の前で婚約指輪をチェ氏がユ先生にはめたら・・・ねぇ?」
――本当にシンデレラストーリーだわ!
クリニックのスタッフ達も見たという店内を撮影した写真を思い出しニヤニヤと笑いながら話し出していた。
「まぁ、彼が渡して来たから・・・」
実はあの後、ヨンが再び店内で婚約を誓うと言いポケットから指輪を取り出しウンスの指にはめて来た。
急いで用意した婚約指輪だと言っていたが、ダイヤがプラチナのリングに嵌め込まれている形はあまり見た事が無く、彼がオーダーメイドで作らせたのかと一瞬にして緊張してしまったが、
「良かった、サイズは合っていた様だ」
指輪を見てそう言ったヨンの顔を見上げると、少しはにかんだ笑顔でその顔にウンスは思わず鼓動が跳ねてしまい、
――・・・表情を出すと年相応の青年に見え、可愛らしくも見える。
そんな顔のヨンを見ていると、
『仕方ないわねぇ』という甘い気持ちに変わるから本当に不思議だと感じながら、ウンスは婚約指輪を見てにこりと微笑み彼の誓いを受け止めた。
「・・・え?リノベーション?ヨンはそんな事をしていたのかい?」
「はい、数ヶ月前にしておりまして。・・・だから何方かいるのだろうと帰って来た時は楽しみですと伝えると口篭っていましたので、てっきり恋人と別れてしまったのかと・・・」
久しぶりにチェ家に来た叔母は使用人と会話をしていたが、何かの途中でヨンの話へと移っていた。どうやら大邱市に戻って来る時期にソウル市のマンションを誰にも言わずヨンはリノベーションしていたらしい。
両親もそこは知らなかったらしく、
「もう名義変更しているから自由に使うといいさ」
とヨンの自由にさせたとかで叔母は首を傾げ考え始めていた。
「いや、前回の婚約者は問題外だが・・・彼奴、ウンスさんと再会した時に既に内装を変えていたのか?そういう事だけは素早いな、・・・ったく」
それが偶然か必然かはわからないが、彼の理想通りに事が進みさぞかしヨンは有頂天になっている事だろう。
イ部長はウンスの親族を知ってから口出しする事は無くなり、上層部の面々も一気に大人しくなった。サラはチェ製薬会社に背を向けるリスクのが高いとまだヨンの化粧品会社で働いている。その点ではやはり優秀な女性だが、一応用心しているとヨンは話していた。
「さて・・・」
持ち帰った書類を広げ叔母はそれに目を通す。
タン家側弁護士から届いた文書にはやはりタン家の反論文が長々と書かれておりやれやれと小さくため息を吐いた。暫く甘い汁を味わっていた事はすっかり忘れ、さも被害者の様に振る舞う神経は理解し難い。
「・・・メヒはアメリカに渡ったか。その方が良いだろう」
叔父の家で暫く過ごしていたメヒだったが、田舎にいる事が我慢出来ず前に住んでいたアメリカに帰ったという。どうやら海外に行った母親が事情を知り、メヒを呼び寄せたらしいが叔父はそれも心配だと話していた。
「あの子の母親は既に父親とは破綻しており、新しい男の元に行っていた。新しい家族がいると聞いていたがそこにメヒが行っても・・・」
それ以上は言わなかったが、きっとメヒの性格を理解している叔父の発言だったのだろうと叔母は感じた。
「まあ、そちらが何が起きても私達にはもう無関係だからね」
文書を読みながら叔母はそう呟いた――。
「結局は、私も彼に向く“運命”だったのかしら・・・?」
「だったら嬉しい」
「わぁ!い、いたの?」
「迎えに行くって言ったが・・・」
「あ、そうだったわね」
「・・・で、今の言葉・・・あれは前の・・・」
ヨンも何かを思い出したのか、少し目を彷徨わせ口篭りだした。
「あー、貴方“運命”て言っていたわよねぇ?」
「・・・はい、すみません」
10年前に背後からヨンに言われた時は恐怖と怒りしか無く、何が『運命』かとそんな事は絶対にならないとさえ決めていた。
だが10年経った今、自分は彼からの指輪を受け取っており、ユ家の御先祖様はあの大将軍の奥さんでもあったという。
それが自分とチェヨンとの運命だと思うのには、まだ自分は納得はしていない。
なので――、
「次に黙って何か動こうなんて考えたら―」
「絶対にしない」
短い言葉だがこれが彼の本来の言葉であり、姿なのを私は充分過ぎる程に知っている。
「ならいいけど」
「ウンス・・・」
デスクに乗せてあったウンスの手を取り指を絡めると、薬指にある指輪を指腹で撫でてくる。
婚約発表の日からヨンは名前でウンスを呼ぶ様になり、ウンスもまたヨンを名前だけで呼ぶ事にした。
「また変な奴が来る様になったんだろう?だから、今日も家に泊まった方が良いと思う」
「まあそれは・・・」
「だから、もう帰ろう」
何時の間にかスタッフ達も帰っていて、ヨンとウンスはクリニックの戸締まりを確認し建物を後にするとヨンの車に乗り当たり前の様に彼のマンションへと発進したのだった――。
少しヨンと過ごしてわかった事があった。
「・・・貴方が料理出来るなんて本当に意外だわ」
「いやでも、一人暮らしの最低限の事しか出来ないよ」
「・・・」
ウンスもまたヨンと同じで一人暮らしの為の家事しか知らず、ヨンの家だからと色々おもてなししてくれる料理に箸を付けながらウンスは少し焦っていた。
――・・・私より料理出来る人だったらどうしよう。
見たところキッチンには必ず使うだろう食器しか見当たらない、だがきっとヨンの手先を見ていると要領は良い事もわかり、少しは自分も練習しておかなくてはと密かに危機感を持ったのだ。
「・・・次は私が作るから」
「えっ?」
ウンスの呟きに驚いた顔を向け箸を落とそうとしたヨンは、慌てて椅子に座り直した。
一緒にいるだけで幸せだと思っていたが、展開が良い方向にずっと向いており逆に不安にもなって来る。それでもウンスの言葉は抗い難く絶対に拒否は出来なかった。
――・・・まずいな、頬が緩む。
「・・・嬉しい」
「そ、そう?」
恥ずかしそうにボソリと言うヨンの顔を見てウンスもまた頬を染めてしまう。
――そういう顔や態度を10年前から見せてくれていれば、自分は素直に彼に落ちていた事だろうに、・・・全く。
「・・・あぁ、でも朝はいいかな」
「ん?」
「朝は・・・ウンスもゆっくりしたいだろう?」
「・・・そういう事を言う段階で貴方“むっつり”なのよ」
「ぐっ」
あからさまにわかる誘いを目を薄め軽く睨むと、赤くなり焦った顔で目の前のおかずを口に運ぶヨンがいる。
「・・・でも、確かに朝はゆっくりしたいかも」
「わかった!」
「返事が早いって」
「・・・」
「・・・」
――コホン。
どちらともなく小さく咳をする。
つまりは今夜もそうなのだろうとお互い意識し始め、
食事を終わらせ様と2人は黙々と箸を動かしたのだった――。
㉗に続く
△△△△△△
次は限定で・・・。
別館になるかは内容確認してからでしょうか?
最近ずっと普通な感じだったからなぁ・・・、
どうしたものか・・・。
長いよ、とXで呟いていましたが
そうでもないなら、良かったです(*^^*)💦
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