
心、境界線②
チェヨンとそういう関係になったのはウンスが総合病院に勤務してまだ1年も経っていない頃で、同じ外科仲間と夕飯に行った際に集まった数人の1人が彼だった。彼もまた兵役を終わらせてから来た為まだ1年いるかどうかで、お互い話す様になったのは自然な事かもしれない。
既に二次会に行く必要も無い程に、大量にアルコールを摂取したウンスはタクシーを呼んで欲しいと同僚医師達に頼んでいたのだがそれを聞いていたヨンが自分が送ると言って来た。
普段口数少ないヨンがウンスと仲良く話す姿を見ていた医師達は、彼にウンスを預けさっさと二次会会場へと消えてしまった。
今思えば酔っ払った自分が悪いのだが、あの時彼に「いらない」と言えば良かったのだろう。
ウンスは時々後悔していた。
「家はどこですか?」
「私が言うからいいわ」
タクシーに自分の住所を教え隣に座るヨンの肩に頭を寄せ――、
そこから記憶は途切れた。
うっすらと意識を戻して見渡した場所は何故か自分の部屋では無かった。
「・・・ここどこ?」
「ホテル」
「あぁ、そう・・・」
そう言いながら近くの温もりに再び潜り込もうとしたウンスの手が止まる。
「私の家じゃないの?」
「違う」
頭を上げる度に響く頭痛で眉を顰めながら尋ねていたウンスは、自分が何も着ていない事に漸く気が付いた。
ゆっくり隣を見ると同じく横になっている男もまた服を着ていない。
――嘘でしょう?
ウンスは驚愕で目を大きく開き唖然と静かに此方を見つめるヨンを見た。
そんなウンスの視線を受け止めたヨンは、
「何処でも良いから連れてってと言ったのはユ先生ですよ?」
「は?」
「鍵が見当たらなかったので、違う場所に泊まりますか?と聞いたら良いと。・・・これは成り行きで、ですが」
「・・・何て事」
同僚から絡み癖があるとは聞いていたが、自分は彼にまでそんな事をしてしまったのか?
参ったとばかりに顔を俯せているウンスの首にヨンは鼻を擦り寄せて来た。
「・・・風呂入ります?」
あからさまに事後だと匂わせるヨンの態度と発言にウンスはチラリと目線を移したが、直ぐに戻してしまう。
「・・・もう少し寝るわ」
「じゃあ俺も・・・」
と言いウンスの身体に手を回し己へと引き寄せたヨンを見ようとしたが、自分の腰に当たるものにウンスは直ぐに気付いた。
成り行きとはいえ彼と一夜を過ごしてしまったらしい。
身体に違和感が無いか?と問われたら、
無くはない。
そんな経験は学生時代の昔話で、医者になってからはそんな関係になる男も時間も見当たらなかった――のに。
「・・・」
――まぁ、知らない人って訳でも無いし。
何時の間にかウンスの身体は熱く大きな手で抱き締められており、
それを抵抗する体力も湧かないウンスは這い回る彼の手を払い除ける事はなかった――。
始まりといえばそれで、
ヨンとは週末2人で何処かに泊まるか、
お互いの家に行き熱を求め合う関係になっていた。
ウンスもヨンも愛を囁くなどは無く仕事の会話を話すだけ。同じ外科内だった為か愚痴も2人似たものだったが、吐き出したらそれなりに発散にはなった。
しかし。
それから数ヶ月後。
「私、違う病院に転勤が決まったから」
「は?」
「だから、もうさよならね」
「何で?」
「何でって、勤務時間だって合わないだろうし・・」
「いや、そうじゃなくて、何故教えてくれなかった?」
責める様に問うヨンの顔をウンスは見つめて来たが、
「何故貴方に報告する必要があるの?そんな話一度もした事無いでしょう?」
・・・確かにそうだ。
お互い仕事の会話はしたが相談はされていないし、自分もまたウンスに悩みを話した事はなかった。
「・・・何処?」
「仁川市」
そんなに遠くない。
いや、車で通えば直ぐ行ける場所じゃないか?
なのに、さよならとは?
だが、ヨンは、
「わかった」
「じゃあ、帰るわね」
そう言いウンスはすらりと長い脚をベッドから床へと下ろし浴室へと消えて行った。
――あの時もう少し問い詰めれば良かったのだろうか?しかし、ウンスからヨンに対して何かを聞いて来た事も厳しく問われた事も無い。
それが自分には心地良いものと感じていたが、彼女にはつまらない時間だったのかもしれない。
そう思うと、それ以上の気持ちは出て来なかった。
「・・・あー、痛ぇ」
今だに口内に広がる鉄の味とジンジンと痛む舌を指で触っていると昨晩放置したアン医師がヨンのデスクに近付いて来た。
「何あの女性?知り合いか?」
「以前ここにいた医師です」
「同僚だったのか。何?あの後・・・」
「彼女、1人で帰って行きました」
「あ、何だ」
含みのある眼差しが消えつまらなそうな表情のアン医師を黙って見上げていると、デスク上のスマホが鳴り見ると違う科の女性からだった。
『今日会えない?』
そんなメールの文面を一瞥する。
「・・・あれ?前の彼女こんな名前だった?」
偶に覗いて来るこの医師は少し前に別れた女性を思い出しているのだろう。
「彼女とは別れました」
「え?」
「今はこの女性なんで」
「は?」
「じゃあ、お疲れ様です」
ヨンは既に準備していた鞄を肩に掛け腰を上げるとスタッフルームから出て行った。
「いやぁ、モテる奴は凄いなぁー」
しみじみと言葉を吐く。
だが、背後から肩を叩かれ後ろを振り向くと、
同じ外科のイ医師がアン医師を見つめている。
「そのうち地獄を見ますよ、彼は」
そう冷たく言い、彼も出て行ってしまった。
来る者拒まずのチェヨンをある意味尊敬しそうになったアン医師は、
今の軽蔑の眼差しに余計な事は言わずにいようと口を閉じたのだった――。
③に続く
△△△△△△
イ医師は何時ものイ医師よ。
2人の関係はこんな感じだったのです。
本当に来る者拒まずのヨンだなぁ。汗
・・・違いに気付いた方はいるかしら?