
心、境界線⑩
数日後、ウンスから連絡を貰ったヤン医師は事情を聞き良かったと言い、この間紹介してくれた男性に伝えるとそのツテの建設会社を教えてくれた。
「どうやら2ヶ月で完成出来ると言っています」
「ありがとうございます。・・・そういえばヤン先生、ヨンに話したのですね?」
「独立の話ですか?話しました。あと、もの凄く彼を罵ってしまったので・・・大丈夫だったかな?」
「落ち込んでいたのかは、よくわかりませんが・・・」
「私は元々の原因は彼のせいだと思っていましたから。いやぁ、スッキリしたな」
はははと笑う声は何時もの穏やかなヤン医師である。
――あの気遣い紳士のヤン医師が怒るとは。
何を言ったのだろう?
するとヤン医師はそうそうと言い、
「ユ先生はどうですか?彼を許しましたか?」
「はい?」
「自分の気持ちに気付かなかったとはいえ、違う人にいった彼を許してないでしょう?いいといますよ、気分が済んだら許せば」
「・・・・・」
女性よりも男性の方が好き勝手やってしまうものなのだとのヤン医師の言葉に、再び首を傾げてしまう。
――あれ?ヤン先生もこんな人だった?
彼もまた見せない姿を持っているのかもしれない。
ウンスは深くは考えない様にしたのだった。
あの後、実家に戻った2人は両親と話し合い、ヨンが保証人になる事を了承して貰った。
「・・・そんな事を・・・良いのでしょうか?」
「はい、ウンスさんのお手伝いをしたいと・・・ソウル市のテナントは私が勝手に探しました」
ヨンが保証人になるとの事に驚愕し、そんな事をさせられないと父親は拒否をしたが逆にヨンは頭を下げ願い出た。
「数年前、俺がウンスさんに気持ちを伝えれば彼女は江南病院を移動する事も無かった」
江南病院の医師を続けていたらまた違う人生があったかもしれない。
全部は話さなかったが2人が数年前に付き合っていた事、ウンスは別れる為に違う病院に転勤した事、ヨンはそれが失恋だと知らず他の人に行ってしまった事、全部が甘えていたとヨンは謝罪した。
だが。
「・・・全てが彼のせいでは無いから。転勤は自分で決めた事よ」
ウンスも両親にそう話す。
既に別れた関係だと言うが、両親にはそうには感じず何となしに顔を見合わせてしまう。
母親は苦笑しながら2人に向き直ると感謝しますと礼を述べた。
「実は、私達は自営業だしきっとウンスだって不安に思っていた筈だと思うの。お話を聞いたらチェ家は凄いお家で、そんな方が保証人だなんて本当に驚きですが・・・」
しかし、ヨンがウンスの為に自分の人生を今決める事は無いとも言う。
「チェさんがもう無理だと思った時は必ず此方に伝えて下さい。決して恨むなんて事はしませんから」
――そんな事は絶対にしないが・・・。
「・・・はい」
まだ自分に対して信頼は薄かったのだろうか?
ヨンは微かに肩を落とした――。
『お客様として迎え入れはしないが、保証人なのだから時々見に来るのは構わない』
ウンスの実家から帰る際にウンスからそう言われたヨンは、それで充分だと言うと車に乗り大邱市を後にした。
後日江南病院に出勤したヨンにイ医師がニヤリと口角を上げ肩を叩いてきた。
「ヤン医師から聞きました。チェ先生見直しましたよ」
「・・・どうしてあの医師を知っているんです?」
「同じ外科医師なのでよく講習会や学会で会っていまして」
「・・・へえー、では既にイ先生はウンスとあの医師の関係も知っていたという事で?」
ウンスが辞めたと知り、右往左往しているヨンの姿を愉快そうに眺めていたという事なのか?
だが、イ医師はそんなヨンの怒気をさらりと躱すと、
「今更ですよ」
「・・・その言葉は暫く聞きたくありませんね」
病院内ではどうやらヨンがウンスが忘れられず彼女に頭を下げ謝罪をし再び付き合いだしたとの噂が浮上したが、またそれに関してヨンは黙秘を貫いた。事実、ウンスから完全に許された訳でもまた付き合い始めた訳でも無い。
おかしな噂がウンスの耳に入り避けられる可能性もあると寧ろ戦々恐々な状況なのは本人以外知らない事だった。
江南区にウンスは念願だったクリニックを開業した。商業ビルの一室だったが駅やショッピングモールが近くにある為交通量が多く、ネットでの宣伝のみでもかなりのお客の予約がある。
大学時代の仲間や病院を既に退職した同僚に声を掛け数人のスタッフを雇い、小さいながらもウンスの中では充分満足する程に思い通りに進んでいた。
ヨンと再会しなかったらそれもまた違う人生を歩んでいたのだろうし、それでも不満にはならなかった。
しかし、やはり自分の性格は昔から頑固で1度持った夢は諦め切れなかったのだわ。
暫く経ってヨンの話を聞いたが、ウンスの実家に行く前にヤン医師から話を聞いた彼はソウル市内の不動産屋を駆け巡り、クリニック用のテナントを探して回っていたらしい。
――そういえば彼は、数年前も何かと目ざとく気付いていた。
神経質な性格かと思ったが、誰でもって事では無かったのか。
あの頃は強引で腹立つ時も時々あったが、当時の彼の気持ちを聞いてしまうと前みたいに怒れなくなってしまった・・・。
「・・・ふぅ」
ウンスは1度ため息を吐くとスマホを手に取った。
ヨンは歩きながら公園内にいる通行人達に視線を向けていた。
日も落ち肌寒くなってきた最近では見掛ける恋人同士の距離も何となく縮まり肩や手を寄せ仲睦まじく見える。
少し前の自分ならそんな事を気にもしなかった。
他人を気にするなんて無かったし、誰かが自分に寄って来れば断る理由も無く付き合っていた。
だが、自分はわかっていた筈だ。
何故他の女性が煩わしかったのか。
違うと直ぐに感じていたのか。
隣にいる女性はこんな感じじゃない、もう少し煩くても良い。
おしゃれじゃなくても良い。
酒を飲みながら自分にただの酔っ払いの様に絡んで来ても良い。
色気なんて全く見せないのに少しはにかむ笑顔だけで心臓が早鳴り熱が含んだ。
そんな気持ちになるのはウンスにだけだった。
・・・そう、言えば良かった。
そうすれば、あの恋人同士の様に今頃腕でも組んで街を歩いていたのかもしれない。
繰り返す後悔に小さくため息を吐き、ポケットのスマホを取り出し確かこの辺りだとヨンは止まり周囲を見渡した。
目的の人は直ぐ見つかり、相変わらずの赤茶色の綺麗な長髪が風に吹かれ靡いている姿はすらりとしたスーツ姿も相まってモデルの様だと見惚れてしまう。強い意思が感じられる瞳はウンスらしいと思ってしまうあたり、ウンスのイメージは負けん気が強くでも少し弱い所を持ち合わせている儚い人。
自分だけわかるウンスの姿。
それをヤン医師は知ったのだと思い心の奥から悔しく怒りが湧き上がったが、言える立場で無いと自覚すれば何とか彼女にすがろうとしている自分に恥さえ感じた。
それでもウンスの近くにいるのは自分だけでいたい。
自分は本来こんな情けない男だ。
彼女が何て言ってくるだろう。
ここに向かいながら不安で仕方なかった。
ヨンの姿を見つけウンスは身体ごとヨンへと向きを変えて来た。
笑顔でも無くよくわからない表情にヨンの目線は思わず逸らしてしまいそうになる。
「・・・遅れたか?」
「別に。私も今来た所だから」
夕飯を共にするという訳でない待ち合わせにヨンの言葉も出ない。
ウンスと2人で会うのは別れた日が最後だった。
あっさり部屋から出て行ったウンスにその時は彼女の言うままにヨンは受け入れた。
だが、本当は――。
「・・・ウンスと待ち合わせしたのはあの日以来か?」
「そう?」
「・・・そうだよ」
忘れたのか?とヨンが少なからず拗ねた顔になるとそれを見たウンスは小さくふふと笑い出した。
「何?」
「貴方ってそういう事気にしないタイプだと思っていたわ」
「・・・」
確かに、そうだ。
自分には関係無いと他人を気にする事は無かった。
だが――。
「・・・だって、俺はウンスが好きだから」
好きだったんだ――ずっと。
「・・・なら、もう許してあげる」
「・・・・・え?」
「ヤン先生が言うには女より男の方が好き勝手したがるらしい・・・っわ!」
ウンスが言う終わる前にその身体をヨンは強く抱き締めた。
変わらないウンスの香りと温もりと柔らかさに心臓が痛くなる程に苦しく、それも合わせ更に自分の身体に取り込む様に包み込んだ。
「モテるからっていい気になっていたんでしょう?わかってるわよ」
「・・・俺が馬鹿だった」
「私も文句はあったし、言えば良かったと思っているけどね・・・」
そう言うと少し隙間を開けたウンスは僅かに見上げヨンを見た。笑うウンスに対しヨンの眼差しは微かに潤み再び苦しそうになっている。
彼のこんな表情を見れるのは自分だけなのだ。
欲を吐き出すだけでは無い。
そんな気持ちにさせるのは私だけなのよ。
「・・・意外と私も優越感を持ちたかったのかもしれない」
「ん?」
「モテるヨンと恋人として周りに見せつけたかった。“私が付き合っているのよ。”ってね。・・・性格悪い?」
「いいや。俺も見せれば良かった」
外で仲睦まじく肩や腕を組んで周囲に見せれば良かったんだ。
少し間の後抱き合っていた2人だったが、場所が公園だと我に返ったヨンはチラリと周りをみる。
似た様なカップルがおり違和感がある訳では無いが、自分としては何時までも外にいたいと思っていない。
「・・・夕飯は?」
「まだだけど」
「・・・じゃあ今から、行くか?」
「・・・」
数年前は夕飯を食べ、
その後は2人で夜を過ごす為に部屋へ帰る。
―――だったのだが。
「・・・そうねぇ、少し”恋人同士“みたいに街を歩きながら帰りましょうか?」
――帰る部屋はその時決めれば良い。
その言葉にヨンは嬉しそうに微笑み、素早くウンスの唇に口付けをすると背中に手を当て街に向かう為に公園の出口へ2人は歩き出した。
更に1年後――。
ウンスの実家の前で見慣れた車を見つけ隣家の主婦が母親に声を掛けた。
「あら?もう帰って来たの?ウンスちゃん」
「今年の秋夕は夫婦で来るって言っていたから早く来て着替えてねって言ったのよね」
そう母親が話している間に玄関が開き、韓服に着替えたヨンが顔を出した。
「あぁ、お義母さん、そこにいたんですね。ウンスがわからない所があるからと呼んでいます」
旦那のヨンがウンスの為に家を探して回っていたのかと母親と隣家の主婦は笑い出す。
「何とも甲斐甲斐しい夫を持ってウンスちゃんは幸せ者ねぇ」
「あの2人は付き合っていた時からそんな感じみたい。よく出来た旦那で良かったわ!」
母親はニコニコと笑いながらヨンに呼ばれ玄関へと向かって行ったのだった――。
心、境界線―END―
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オシロイバナ:花言葉
あなたを想う
内気、臆病
信じられない恋、疑いの恋
🐥🐥🐥🐥🐥🐥
ここまで読んで下さりありがとうごさいました😭
1回書いてみたかった付き合っていた2人のやり直し話。割り切った関係だと思ってもそうでも無くて、やっぱりヨンはウンスの時が幸せなのよ。的な話(笑)
後程少しおまけもありますので、その時も読んでやって下さいませ😊
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