彼女は周り観客達とは明らかに違う雰囲気で、騒ぐ声に戸惑っているのか忙しなく目を動かした後、直ぐに此方に視線を戻してきた。
真っ直ぐ自分を見つめる目を見返す事が出来ず逸らしてしまったが、瞬時に何故自分が逸らす必要があるのかと困惑もした。
――今まで呼んでも見なかったのは向こうじゃないか。
イベントが始まりトークしつつ、時々横目で見るとファンが掲げたグッズを不思議そうに眺めたり、パンフレットを読んだりとよくわからず来ている事だけは理解出来た。
そして隣りの女性が自分の名を叫ぶと驚いた様に視線を横に向ける。
――・・・あぁ、俺のファンでは無さそうだ。
「・・・」
では、
何故自分の夢の中にいるのか?
結局イベント中もヨンから困惑が消える事は無かった。
帰る時会場入口を見ると見送り列に彼女の姿が無い。
帰ったのかと振り返って見上げると2階ギャラリーの端に彼女は立っていた。
遠目からでもわかるのはもう見慣れているからか、彼女のスタイルの良さなのか。
やっぱり彼女の目は不思議そうにこちらを見ている。
不思議そうな眼差し。
「・・・こっちが聞きたいんだけどな?」
呟きは聞こえないだろう。
しかし、その分少し間だけその女性と目が合った。
「・・・」
「・・・」
――・・・彼女も自分と同じ気持ちだったとしたら?
「まさかな」
目を薄め、
ヨンは帰るべく警備がファンを抑えている中へと歩いて行った――。
ふと、何かが違うと感じたのは町中を歩いている時だった。
何処かから彼女の名前が聞こえ、ヨンは見えない事を良い事に酒屋の入口に入り数人の会話に耳を傾けた。
「あの町外れの女医者は本当に凄い術を持っているなぁー、この前運んだ奴などはすっかり腹いたが治ったと喜んでいたぞ」
「だが尋ねると、昔王宮にいたからとしか言わないんだ」
「薬員だったのだろうか?・・・しかし、年は過ぎてはいるが本当に美しい女人だよ」
「聞いたか?あの女人の話を聞き付けたのか近くの郡主が見に来るらしい」
「はっ、美女ばかりを侍らせていい気なものだ」
「金で側室にでもするつもりだろうか?いやでも羨ましい事だ」
自分に養う財があればなぁ・・・。
男達は笑い話にしながら酒を飲んでいる。
「・・・側室?!」
思わずヨンは酒屋を飛び出していた。
あの女性が危ない。
昔は側室になる事は半ば強制だと聞いた事があった。女性が逆らえば男の体面を下げたと最悪な事にもなる事も。
――自分が走る意味はあるのか?
たかが夢の中の話なのに。
そんな事ば起きてから考えれば良いとひたすら走った。
見知った屋敷に着き、柵を覗くと彼女は薬草を見ながら何かを書いていた。
「そんな事をしている場合か!早く何処かに逃げろよ!」
夢の中の彼女は自分の言葉に1度も返事した事は無い。
わかっている。
だけど。
「ああっ、くそ!」
どうすればいい?
ヨンは苛立ちながら周りを見渡し、何時も座っていた椅子を掴むとおもむろに柵に投げ付けた。
――ガシャン!!
ぶつかった衝撃で柵の一部が壊れ、投げた古い椅子も足が取れてしまう。
だが、
柵が壊れた事で今まで無視をしていた女性はびくりと此方を向いた。
いや、自分は見えていない。
彼女の視線は突然壊れた柵に向いている。
――・・・それでも。
「いいのか?!この場所にいたら、エロおやじに妾にされるだけだぞ!
医者なんだろう?もう出来なくなってもいいのか?!」
女性は困惑気味に壊れた柵を見ていたが、
「・・・え?ここもしかして幽霊とか出る家なのかな?私、幽霊駄目なんだけど」
「幽霊でも何でもいいから、出ろって!」
「・・・そういえば、いつの間にか家の外に椅子もあったし。・・・まさか、ストーカー?やだあ!」
うわー!と声を上げながらも彼女は胸元から手帳を取り出すと、
「・・・うーん、少し早い気もするけど天門まで向かってみようかしら?」
「天門?何だそれ?町を出るのか?」
「・・・無事に着けば良いけど」
「そう思うなら、今出ろ!用意して早く家から出ろって!」
女性は手帳をしまうと屋敷内に入って行くが、何故か荷物はもう纏めていたのか数分で旅用の笠とこじんまりした風呂敷包みを肩に背負って直ぐ玄関から出て来た。
「・・・アンタ、いつも直ぐ出れる用意をしていたのか?」
聞こえない彼女は小さい紙を見ながらあちこちと確認をしている。
「・・・とりあえず先に北に向かわなきゃ・・・」
「ま、まあ、何でもいいから早く出た方がいい」
女性は屋敷を出てヨンがいる柵の外に出て来た。
近くで見るとより細いスタイルにはたして女性一人で大丈夫かと不安に駆られる。
「・・・大丈夫か?」
聞こえないと理解しているのに無意識に声を掛けてしまう。
どうせ彼女は無言でを返す・・・。
――その時。
「・・・今度は会えるわよね?・・・ヨン」
「・・・え?」
彼女の呟いた言葉はヨンにもはっきり聞こえていた。
――今、俺を呼んだのか?
いや、違う。
俺ではない誰かだ。
そう思うのに、
イベント会場で此方を不思議そうに見て来たあの女性にも見えてしまう。
女性は肩に背負った風呂敷を1度強く握り締め笠を深く被ると、1度も屋敷を振り返る事なく歩いて行く。
ヨンは少し間を取って女性の後を追うが、やはり町から離れ山へと続く分かれ道で足が進めなくなった。
見えない壁を挟みながらヨンは離れて行く女性の後ろ姿をジッと見つめていたが、
「まだ貴女の名前聞いてないんだ。ユさんしか知らないんだ!」
――聞いてどうする?
再び彼女が自分の近くに来るとでも思っているのか?
どんどん小さくなって行く女性を見つめ、心臓が苦しくなって行くのは何故なのか?
夢で出てきただけの女性に何の気持ちも無い筈だ。
それでも、彼女が無事に旅を続けて欲しいと願うのは・・・きっと、知人にまでなったからだ・・・。
「本当に気を付けろよ!目的地まで怪我しないでくれよ!」
誰かと約束をしているというのなら、
彼女が“天門”に向かったら誰か迎えがいて欲しい。
彼女は1人で何も無い場所で暮らしていたんだ。
彼女の姿が見えなくなるまでヨンはずっとその場に佇んでいた。
「・・・はぁ、心配だ」
数日間彼女の様子を見て感じたのは、歳の割にはドジな事だ。しかも、性格が大雑把なのか、
「あれ?固くならないわねぇ・・・容量分配がよくわからないのよねぇ。
まあ、口に入れちゃえば大丈夫だろうから良いか」
――・・・大丈夫なのか、それ?
薬草を濾している最中時々聞こえた声。
椅子に座りながらも気になり焚いた薬湯や薬草を心配そうにヨンは見ていた。
「・・・あ、そういや“ストーカー”て俺言われてなかったか?」
――人が心配してやったのに何だよ。
「・・・ストーカー、て言ったよな?やっぱり意味わかんねえな、ここは」
昔なのか現代なのか、はたまた違う世界なのか。
夢の中は何でもありなのか。
ヨンはそう思いながら振り返り、
女性と一緒に来た道を戻る為に足を動き始めた。
「お、おいっ!あの煙は何だ?」
「あの山は・・・あの女医者の家がある方だ!」
「何だって!大変だ!」
「女医者は無事なのか?!」
少し離れた林から黒い煙が立ち上がるのを見つけた者達は、騒然と舞い上がる黒煙を見上げている。
近くに川でもあれば火を消す事は容易だったが、ウンスが住んでいた藁葺小屋は林に囲まれた場所であり、燃え尽きるまでどうする事も出来なかった。
「ああ、女医者は大丈夫なのか?」
「まだ下りて来ていないじゃないか・・・まさか」
「何て事だ・・・」
がやがやと騒ぐ村人を離れた場所から見ていたヨンは小さく息を吐くと、
ゆっくりと瞼を閉じ意識を覚醒し始めたのだった――。
④に続く
△△△△△△△
ヨンはもうこの夢は見ないと理解したのかな・・・😌
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