月明かりに華◆(23)
ヨンがウンスを助け帰って来てから数日が経っていた。
やはりウンスの足首にもうっすらと縛られた際の痕があり、しかも運ばれた時にぶつかったのか膝や肘にも擦り傷があったが、ウンスの同室の薬員が肌を確かめ他に傷は見当たらず膝と肘に包帯を巻き治療は直ぐに終了したのだった。
それでも、ウンスにヨンとチャン侍医は大丈夫だったか?と頻繁に尋ねて来る。
「たかが膝と肘よ?しかも擦り傷なのに」
「しかし傷等残ったら・・・」
・・・残ったら、何?そんなで女性の質が下がるだ何だという時代に熟呆れてしまう。
しかし確認を、治療を、と煩く言う二人に徐々に不機嫌になり、執拗いと怒り出すウンスがいた。
――・・・薬員だが、ウンス殿はまた違うからでしょうね。
王宮の客人では無い。
しかし、薬員という低い立場でも無い。
やはり彼らにはウンスの存在は大切とはまた違う特別な存在になっているだな、とウンスの着替えを手伝った薬員は三人を見てそう思うのだった――。
「何?」
兵舎の自室にいたヨンはトクマンの言葉に机に座り、書簡を見ていた顔を上げた。
「あの屋敷にいた妓生が?」
何故王宮に?
「しかも、ウンス殿に会いたいと言って来ていまして」
「ならん」
何故妓生がウンスに会うのだ?何の用も無いではないか。話によればウンスが拐われたのもあの妓生が子供達に話したからだという。尚更会わせる訳にはいかない。
しかし、トクマンは返事をせず実はと話す。
「ウンス殿に見て貰いたい物があるのだと、きっと我々にはわからないだろうから、と・・・」
「何だと?」
徐々にヨンの眉間に皺が寄り、空気も重くなっていく。トクマンは何故俺が、と思いながらも早く去りたいとただひたすらに耐えていた。
「誠に申し訳ございません!」
妓生が診療所に入って来た途端突然座り込み、土下座をする姿にウンスは驚き慌てて妓生に近付いた。
「待って!立って下さい、謝らないで良いですから!」
「そうですか?当然だと思いますが」
「ヨンさん!」
「・・・・・」
フンと顔を横に向け不機嫌なヨンと何も言わないが、表情も無いチャン侍医が椅子に座り、ウンス達の様子を見ていた。
「あの後、屋敷は取り壊される事になりました」
「子供達は?」
「皆貰い先を探しましたので、もう誰もおりません」
「なら、良かったわ・・・」
幼児は子供がいない夫婦の元に、少し大きくなった子達は開京内の屋敷の奉公先にと預けられる事になり、その管理報告は全てヨンに来る事になったという。
ウンスはそれを聞き顔をヨンに向けると至って真面目な顔で、
「再び同じ事にならない為です」
と言った。
これで子供達の報告は全てヨンに来る。
何時あの様に誰かが怪しい行動を起こしても直ぐにわかるのだ。
何年も経っているというのにあの夫人のせいで、ヨンもウンスもまだ振り回されてしまうとは本当に癪に障るとヨンは怒りが収まらなかった。
「用事とは何なのですか?」
どうやらチャン侍医も機嫌が悪かったらしい。
切れ長の目を細め、黙って聞いていたチャン侍医が妓生に話を促すと、そうなのですと懐から小さな包みを出した。
「以前町で騒ぎがあった事はご存知ですか?」
おかしな液体を使い、妓生が一人亡くなった話にウンスは知っていると頷く。
「あれ、私も一つ買ってしまったのよね」
「え?!」
「だが、直ぐに捨てました。匂いも中身も怪しいものでしたから」
ウンスの言葉に驚いた妓生に、すかさずチャン侍医が横から話し出した。故に、ウンスは使っていないと聞き、妓生は安堵し話を続ける。
「妓生が亡くなったと聞き、危ないというので買った私達も使うのを止めたのです」
その時にヨン達が来て全て出せと言われ、持っていた妓生達は本当に危険なのだと素直に渡したという。
だが、妓生の話を聞いてウンスは少し拗ねた顔になった。
「違うのよ、そうじゃなくて、私はただあの匂いが気になっていただけなのに・・・」
だが、全てヨン達によって処分されてしまった。
再確認しようにももう出来ないのだ。
その言葉に妓生は何故か頷き、ではと包みを広げていく。
「・・・あの子供達の部屋を調べると衣服の隙間に隠しておりました。どうやらあれを作っていたのもあの子供達でした」
「狙いは何だ?」
「わかりません、ですがもしかしたら騒ぎを起こし誰かに知らせる為だったのか、あの子達の恨みによるものなのか」
無差別に騒ぎが起これば軍が動く、その中に自分達が探す者がいるかもしれないと考えたのだろうか?
結果、その中にヨンがいて彼だと気付いた事になる訳だがと、チャン侍医はやれやれとため息を吐いた。
「手当り次第探す考えが、まだ未熟だったのだ」
ヨンは再び不機嫌な顔になる。
あれをウンスが持って来なかったら、妓生だけでは無く他にも犠牲者がいただろう。既にその考え自体が幼いながらに麻痺していたのだとヨンは言う。
「・・・何故持ち去らなかったのか?再び作る気があったのかはわかりませんが・・・これを・・・」
近くにはそれと配合させた毒を含んだ薬草もあった、
そう言い妓生が包みから取り出した容器にウンスはあ!と声を上げた。
「ガラス瓶!やっぱり香水だわ!」
ウンスはその瓶を手に持ち、顔に近付け匂いを嗅いだ。
「ウンス殿!」
「あぁ!」
離れて座っていた二人が慌ててウンスに近付いたが、ウンスは構わずその透明の容器を見つめている。中身は僅かも入っていなかったが、色は薄い赤色をしていた。
「この匂いはやっぱり薔薇だわ。前のは薬と混ざりそうかな?とは思っていたのよねぇ」
蓋もガラスで出来ていて、しっかりと匂いが逃げない様に上から布や紐で括られている。しかし、匂いは隙間から空気が入ったのだろう、微かにしか匂わなくなっていた。
「でも、どうして?あの子達がこれを?」
この時代にはけして無い筈の物が高麗にあるだなんて。
しかし、妓生は首を傾げ困った顔になる。
「あの子達が元から逃げて来た、という話は聞いておりましたが向こうで何をしていたのか、はたして本当に奉公先にいたのか、それがわからないのです」
もしくは違う生活をしていた可能性もある。では、何をしていたのか?あのおかしな液体の作り方を誰から教わったのか?結局わからずじまいになってしまった。
「・・・実はウンス殿が天界から来たという話を聞いていまして。信じてはおりませんでしたが、この器を見ていやまさかと思い・・・」
この様に透き通った器は見た事が無く、妓楼の女人達や使用人は誰も知らないというのに直ぐにウンスはわかったのだ。
・・・本当に天界から来たお方なのかもしれない。
傍に来たヨンやチャン侍医も、透明な容器を興味深気に見ていたが、ウンスが黙ったのに気付きふと目を向けると何か考えているのかジッと器を見ている。
「ウンス殿?」
「・・・と、いう事はもしかしたら元に私みたいな人がいたって事かしら?」
ウンスの呟きに、ヨンはビクリと肩が跳ねた。
――何故、今ウンスはその様な事を言うのだろうか?
ヨンもだが、チャン侍医も何かに気付いたのかヨンに視線を向けて来た。
実はこの時代に来て数年間、ウンスはその考えを止めていた。イ家に助けて貰った恩もあった為かもしれないが、今これを見て似た境遇の人間がいるのではないか?と改めて考えてしまうのだ。自分が来た時も、まさかこんな事になるとはと暫く呆然としたのを覚えている。
自分が元にいた時に実は知らずに擦れ違っていたのだろうか?
そう考え、ウンスは視線を瓶に落としたのだった――。
それから妓生は少し話をし、診療所を後にした。
だが、ウンスは妓生が帰った後も暫く動かず、机の上に置かれた瓶を見ている。
「・・・・・」
ヨンは何か言葉を掛けようとしたが、瓶から目を離さないウンスの姿に声が出ない。
少し間の後、診療所に患者が集まり始めるとウンスはその瓶を持ち何も言わず自分の部屋に戻って行く。
ヨンも何も言わず、ウンスが薬員の宿舎に入るまで後ろを付いて行った。
宿舎に入る前にウンスが後ろを振りかえると、どうやら付いて来ていたのに気付いていなかったらしく、わ!と驚いた声を出した。
「・・・ウンス殿、傷の布は寝る前に替えて下さいね」
「やだ、大丈夫よ。自分で出来なかったらまた彼女にお願いするから」
「なら、良かった・・・」
しかし、ヨンは視線をウンスの手を見たまま動かない。
まだ何か言いたいのだと、寄せた眉が言っている。
ウンスはヨンの様子を見て、自分がそんな事までわかるとはとふと思ったが直ぐに違うと気付く。
・・・彼は、昔からこの眼差しを向けていたのだったわ。
ふと、視線を感じると少し離れた場所からこの瞳を向けていた。
あの時は、自分達の身の危険を護る為に周りに警戒しているのだと思っていたのだが。
ウンスは手の中の瓶に視線を落とす。
「・・・そうねぇ、ヨンさんには話した方が良いわよね」
「・・・ウンス殿?」
「私が此方に来てしまった時の話を・・・」
「・・・え?」
(24)に続く
△△△△△△△
・・・ヨンは数年前に聞いてはいましたよね?
どこだったかしら?
※前回のコメントも後程返しますよー(o´艸`)
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