月明かりに華(3)
夕方になり薬員の仕事も終了し、道具を仕舞おうとウンスが動いていると、ヨンが典医寺の入口に立って此方を見ているのに気が付いた。
動かず物言いたげな眼差しを向ける彼に、不思議に思い寄って行ったのだが。
「ウンス殿、これを使って下さい」
そう言ってヨンが渡して来たのは、厚みのある布団だった。
「え?」
「薬員の宿舎は我々隊士がいる兵舎と変わりません。夜は冷えるでしょうから」
そう言われ、ウンスはチラリとヨンを見上げてしまう。
少し前に妓生御用達店の事でヨンに怒られ、ウンスが黙って薬材庫に戻ってしまったからだろうか?
拗ねたと思われてしまったのかもしれない。
「・・・でも、この間貰ったのも新しい布団だし、寝台に置けるかどうか」
「でしたら、重ねて敷けば良いです。身体を痛めませんので」
狭い寝台に布団を重ねて寝るの?ベッドみたくはなるかもしれないけど。
「・・・今までそんな所にはいなかったでしょう?」
エンケイと一緒に生活をしていので、高麗でも元でも確かに部屋も寝台も広かった。しかし自分がエンケイに助けられたのが幸運だっただけで、違う土地に来ていた場合また違う運命だったのかもしれないと何度か考えた事もある。
「あの時からウンス殿は少しでも幸せに暮らして欲しいと思っておりましたので。・・・高麗で不自由だなんて俺が我慢出来ません」
「ええ?」
そこまで考えていたの?
布団を包んだ風呂敷の包みを肩に担ぎ、ヨンは行きましょうとウンスを宿舎に促している。
「女性用宿舎だから、入れないわよ?」
「入口までです」
そう言うヨンがウンスに顔を向けた。
「・・・心配ですので」
――それもあるが。
ヨンはウンスから二度も拒まれる事だけを恐れていたのだった――。
あの後何も言わず帰って行ったウンスを見て、しまった!と頭を抱えたヨンと、
それを見ていたチャン侍医はやれやれとため息を吐いた。
「中に怪しいものが入っていると、私に調べて欲しいと買って来た様です」
「怪しい?」
陶器をヨンに渡し、ヨンもジッと中身を見つめているが。
「これは何だ?」
白粉では無い。
「ウンス殿が言うには、『こうすい』の匂いがすると。あの方がいた国で使う匂い付けの様です」
それに似た匂いをこの地で見つけ、不思議に思ったウンスが買って来たという事なのだろう。
しかし、理由も聞かずヨンが怒鳴りウンスは落ち込んだに違いない。
「お可哀想に」
ぽつりと呟くチャン侍医をギロリと睨んだが、普段騒がしい女人が話さなくなるという事は怒ったか、落ち込んだかそれは確実だろう。
「だが、あの店は」
「それは私も注意をしました」
ウンスがあの店に入り、市井の者達に誤解される事だけは避けたかった。そもそもあそこは、華やかに見えて妓楼の裏仕事と密通してもいる為に、ヨンが迂達赤隊になる前、赤月隊の頃からそれなりに注視していた場所でもある。
そんな場所にウンスが行くのは・・・。
・・・あぁ、いや、今はそれどころではないっ!
ハッと顔を上げ、天井を見つめていたヨンは急に踵を返すと診療所を出て行こうとし、
一旦止まり顔だけチャン侍医に向けると、
「それ、調べておいてくれ」
「当然」
チャン侍医は当たり前です、と静かに返事をした。
「あの、ここで良いわよ?」
宿舎の玄関前に立ちウンスが声を掛けると、ヨンはその大きな包みを手渡して来た。
・・・うーん、あの寝台に入るかな?
自分が寝れなくなるのではないだろうか?等と思っていたが、中々動かないヨンを見上げるとまだウンスを見ている。
「あの・・・」
「・・・俺が怒ったのは」
口篭るヨンに何だと苦笑してしまう。
「わかっているわ、危ないからでしょう?前もそうだったじゃない」
何も無く彼が怒る訳では無い。
ウンスを心配し、周りに気を付けているのは前からだったのだから。
「ウンス殿・・・」
自分の気持ちをわかってくれていたと安堵し、ヨンはウンスの肩に手を置こうとしたが――。
「でも、チェヨンさんもビン先生もあれを一目見て、妓生の物って直ぐ気付くなんてね・・・」
あのお店行った事あるのね、女性向けなのに。
「・・・いや、それは」
「まぁ、そこは聞かないわ。男性だもの、ね?」
ウンスがにこりと笑い、おやすみなさいと玄関に入って行った。
「・・・・・・え?」
ヨンは呆然と立ち尽くしていたのだった――。
(4)に続く
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彼らも男なのだから、ウンスは知らないフリをするだけです。(*´`)ワァー.....笑
心配とアプローチがごっちゃのヨン氏。
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