ジグザグ(16)
病院に向かい総合受付に近付くと、ウンスの姿を見つけた男性スタッフが声を出した。
「ユ先生?」
「・・・ヨンを迎えに来て欲しいって連絡あったのだけど・・・」
「少し待って下さい」
男性スタッフもウンスとヨンの関係を知っている為外科に内線を掛けると、少しして不思議そうな眼差しをウンスに向けて来た。
・・・え、何?
受話器を置いた男性スタッフはウンスに近付くが少し戸惑っている様でもあった。
「・・・あの、今イ先生が来ますので」
「は?イ先生?」
先程ウンスのクリニックに電話して来たのはイ医師であり、何故ヨンでは無く彼が来るのか?
ウンスも困惑気味に待っていると直ぐにイ医師がロビーに降りて来た。
「イ先生?」
「ユ先生、久しぶりです」
「あの、ヨンは?」
するとイ医師は項を掻いて、チラリとウンスを見た。
「・・・もしかして、今喧嘩中でした?」
だとしたら自分はウンスを呼んで更にまずい状況にしたのかもしれない。
「・・・喧嘩、では無いですが・・・」
「じゃあ、ユ先生は今は怒っていないですか?」
「・・・そう、かな?」
「はぁー、なら良かった」
イ医師はウンスを促しロビーから離れ、周りに人がいないのを確認し再びウンスに視線を戻した。
「・・・俺もさっき知ったばかりで、あの、実は・・・」
どうにも言い難そうな様子にウンスは気が付き、あぁ、と目を薄めた。
「・・・まさか、看護師さんの事かしら?」
ウンスが片眉を上げた不機嫌な顔に、イ医師は目をさ迷わせた後、はい、と気まづそうに返事をした。
「・・・チェ先生が帰る時に、ここでユ先生を待つ様にと追い掛けたら、・・・看護師と話をしていまして・・・」
「へぇー。・・・へぇー?」
ウンスが更に顔を顰め冷たい空気を放ち始めてしまい、イ医師もまた焦ってしまう。でも、とイ医師はウンスを見つめた。
「だ、大丈夫ですからね?逆ですから」
「逆?」
「お互い睨み合っていて・・・、言い合いも」
・・・言い合い。
・・・そういえば、確かキム先生も仲が悪いと言っていたわね。
さっさと部屋から出て行ったヨンに気付いたイ医師は、スタッフルームで待てば良いと急いでヨンを追い掛けた。すると廊下にヨンがいて看護師と向かい合っていたのだった。
あれは確か、とイ医師が見ていると二人は話を始めその内容に驚いてしまう。
何とこの二人は昔付き合っていたらしい。なのに二人は睨み合い、随分と穏やかな雰囲気では無い様だった。
「ウンスに近付く意味がわからないがな」
ヨンの言葉に二人の他にウンスも関わっているとわかり、イ医師はウンスを呼びヨンが慌てていたのを思い出した。
・・・あぁ、ユ先生を呼んでしまったが、まずかったか?
まだ二人は冷たい空気のまま話をしているが、どうにもヨンの方が状況としては劣勢の様で。
「何が違うっていうの?あの女も貴方に何もかもして貰っているじゃない。私と何が違うの?貴方は結局自分に優しくしてくれる人を探しているのだわ。その時その時で」
「探してなんていない」
ヨンの顔が下を向いていく。
「親に愛されていなかったのでしょう?あの女から何を感じたの?もしかして母親じゃないの?
愛情を知らなかった人が期待のホープですって?どんな気持ちで手術をしているのか知りたいわね」
「・・・・・」
何故かヨンは目を下に向けたままで言い返すのを止めているし、その様子を患者やその家族、声を聞いた職員達も何事かと集まり見ている。
・・・おいおい、何を黙っているんだ?ったく。
患者の中でもそれなりにヨンの人気はあり、知名度だって上がって来ているのに。
「患者さん達がいるのに、何をしているんだ!」
イ医師が二人に近付き声を上げると、看護師は直ぐに口を閉じ頭を下げ去って行った。イ医師はヨンに近付き肩を叩く。
「チェ先生も何黙っているんだ?」
いくら元彼女とは言え、他人に自分の育った環境を言われる権利等ある訳が無い。
だがヨンの横顔は再び悪くなっていて、イ医師は全くとため息を吐いた。
「・・・そんな事を言われていたの?」
「何時の彼女か知りませんが、あれはあまりにもチェ先生に対して失礼ですね」
しかも周りに人が見ている中で言うなんて。
二人が去った後も、患者達は何だったのだと話が終わらない。イ医師は参ったと心配するのだった。
「・・・ヨンは帰ってしまったかしら?」
「・・・さっき駐車場に向かって行きましたけどね」
「行ってみます。いないなら諦めますので」
「すみませんが、よろしくお願いします」
喧嘩中で無いのなら、ウンスと話し合って欲しい。
先程の様子でイ医師は何となく予想が付いた。
実は最近のヨンは本当にまずい状態で、上層部の中でもヨンの態度の話が出て来たという。折角帰って来たのに、自分の評価を下げてどうするのか?との話が出たらしいが、見る限り手術や患者に対して問題は特に無い。イ医師もどういう事だ?と思っていたのだが。
「何か、あの女性が関係ありそうだな・・・」
ウンスにヨンを任せるとして。
イ医師はウンスが再びロビーに向かって去って行くを見つめていたが、踵を返しスタッフルームへと戻って行ったのだった。
・・・あぁ、頭が痛いな。
病院で少し寝ていれば良かったと思ったが、そうするとウンスが来てしまう。
少し前迄は会ったら話をしようと思っていたのに、またあの女に言われ再び話す事も出来なくなってしまった。
俺はウンスに何かをして、彼女からも温もりを貰おうとしていたのかと考え、彼女に対しても自分は昔と同じ事を再び繰り返していたのだ。
何て情けない。
誰もウンスに母親を重ねてなんかいない。
愛情を貰えないまま成長したのだって充分に自覚している。
そう思うのに言われると言い返す事が出来なくなってしまう。
あの女はウンスにその話をしたのだろうか?
だからウンスはヨンを拒否をしたのか?
自分が親に対して反抗していた話を昔チラリと話した事があったが、ウンスは何も言わなかった。
でも今は、身体だって重ねている、疑問に思わない筈が無い。
そんな自分を知られたく無かった。
「・・・そんなつもりは無いんだ」
それを彼女本人に言えれば、
バンッ!!
いきなり車の窓ガラスに何かがぶつかる衝撃に何だ?!と驚愕してヨンは横を見た。
「あ・・・」
窓越しのその人は窓を叩いた格好のままはあはあと肩で息をして、かなり機嫌が悪いのが表情でよくわかった。
だが、ヨンは此方を真っ直ぐ見つめて来る彼女の瞳を見て安堵している自分もいると感じ。
「迎えに行くって言ったでしょう?先に帰ったら確実キレるわよ?」
彼女の声が何時より高い段階で既に怒っているじゃないか、と思ったがヨンの顔は嬉しさを隠す事無く笑っていた。
「・・・ごめんね」
ウンスを抱き締めたいと車のドアを開けた。
(17)に続く
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外科ではイ先生が手伝ってくれるそうですね。
(ずっとヨンから惚気話聞かされているんだから、そりゃあねぇ)´-`)あら、巻き込まれがもう一人・・・