佳人(カジン)(5)
数日経ちボンヤリしている時もあったが何時ものウンスに戻っていた。
しかし、ヨンはわかっていた。
「・・・・・」
手裏房から渡された書簡を読んでいたヨンだが、徐に机にそれを放り投げると大きくため息を吐き、迂達赤兵舎の自室を出て行った。
典医寺のウンスの部屋に入ると何時もの眼差しを向けて来て、
「あら?チェ・ヨンさんどうしたの?暇なの?」
「違います、これを侍医に渡す為です・・・」
「何?薬草?」
本当は典医寺に入り薬員にでも渡せば終わる事だが・・・
どうしても医仙に会いたかった。
なのに・・・
「・・・イムジャ、此方を見て話して下さい」
「・・・・は?」
きょとんとヨンを見上げる。
「見てるわよ?」
「見ていない」
冷たい口調のヨンに更に目をパチクリと瞬かせた。
誰を見ている?
この間からそうだ
イムジャの中にいるのは誰だ?
「どうしたの、貴方?チェ・ヨンさんらしくもない・・・」
「俺らしいとは何ですか?貴女は俺の何を知っているというのですか?」
机に着いたウンスの手を上から押さえ付ける様にヨンが被せる。
握って来た事にウンスは咄嗟に手を引こうとしたがビクともしない。
「な、何よ?私が知ってるのは清廉潔白で欲の無いチェ・ヨン大将軍様ってだけよ」
徐々に握る手に力が入る。
「い、いたっ」
「そんなの俺の知らない事だ、何の欲も無い男等おりません」
そうだ欲など少し前の自分だったら確かに面倒くさいと鼻で笑っていた
でも今は貴女を見る度欲だらけになってしまう
長年女子に興味が無かった自分が信じられない位だ
今掴んでいるのが貴女の手というだけでこんなにも身体が熱くなってる俺がいるのに
・・・何故此方を見てくれない?
俺が貴女の運命の人とやらになるには何が必要なのだ?
違う手でウンスの肩を掴む。
「や、止めてよ・・・離して・・・!」
ヨンを見上げると間近にいるヨンの瞳の中に怒りとは違う熱を感じた。
怖い。
異性からこれほどの強い眼差しを受けた事が無いウンスは恐怖を覚えた。
「痛い、止めて」
震えそうになる声を必死に抑え、ウンスはヨンを見上げはっきりとしかし冷静に言葉を吐く。
「・・・・・」
何も言わずウンスを睨んでいたヨンだったが一度目を閉じ開けるといつもの表情の無い顔に戻っていた。
机に押さえ付けていたウンスの手を今度は優しく握り持ち上げる。
「すみませぬ・・・」
今度は壊れ物を扱う様な触り方に、ウンスの怒りも恐怖も引いていく
だけどそれもまた慣れないウンスは気恥しくなってしまう。
「別に大丈夫よ・・・」
「・・・・・」
しかしヨンは黙ったままで握りしめた手を見つめていた。
「イムジャ・・・」
囁く様な声に見上げるとヨンもウンスの顔を見つめお互いの視線が絡み合うが、次の言葉を中々発さないヨンに眉を寄せた。
「・・・あの男は誰かに似てるのですか?」
ウンスの身体が跳ね握る手にも伝わって来た。
熟この女人は嘘を吐く事が出来ないお人だと、ヨンは小さなため息を吐いた。
「・・・・そうでしたか」
聞くまでもなくわかっていた事なのに、
本当はこの数ヶ月も天界で過ごしてる筈だった。
そうさせてしまったのは俺だ。
「気になっているのでしょう?・・・確かにあの男の母親は今床に伏せっている様です・・・」
ウンスの眉が顰められた。
ヨンは視線を下に向ける。
「・・・会いますか?」
ウンスは少し驚いた顔をしたが口を硬く閉じコクンと頷いた。
「あの者・・・いや、キム家は元々が地方からの移住者でした。貿易で貯めた資金で開京に移り幾つかの酒楼等を営んでいる様です」
「酒楼・・・え?お酒?」
ウンスの眼差しが一瞬光った気がしたが、ヨンはそれを無視し話を進めている。
「母親が病を患ったのは一昨年の事で、市井で突然倒れそこから寝たきり状態になっています」
「・・・それは・・・」
脳梗塞だろうか?
血圧の事はこの時代ではまだわからないし、突然倒れてしまい意識も朦朧となってもどうする事も出来ないだろう。
「その後暫くして意識を戻した様ですが、身体を起こす事は難しく屋敷の使用人が面倒を看ている、という事でした」
「お店の経営者だから他の家族は看れないという事かしら?」
ヨンはチラリとウンスを見たがまた前を向いた。
「・・・あの男には妻も子もいました・・・が、母親が倒れた後暫くしてあの家から出て行き屋敷には・・・側室とその男、寝たきりの母親だけがいるそうです」
「・・・はぁ、側室ねぇ」
「何でも、酒楼で働いていた若い女人で見初められ・」
「あぁ、もういいわ」
ウンスを見ると呆れた顔をしている・・・が、微かに可笑しそうに笑っているのは何故なのか?
ヨンは本当はあの男の話をする事さえも嫌だった。
天界の誰かに似ているという。
あの男が去った時のウンスの顔を思い出す度、ギリと心臓が痛くなってしまう。何なのだ、自分が話す度知らぬ誰かを思い出すという事ではないか。
だが、教えておかないとウンス自ら動きそうで尚更癪に障るのだ。
「・・・ねぇ?」
「・・・はい」
「何で馬を使わないの?」
「あの男の屋敷は市井の近くにあります。馬を使う程ではありません」
「結構歩いているけどねぇ・・・本当に?」
「はい」
ついこの間市井迄歩いていたではなかったか?ヨンはふぅと息を吐くと周りを見渡した。
何を言っているのか?この方は。
馬を使ったら直ぐにあの屋敷に着いてしまうではないか。
ヨンは最初から馬を使うつもり等無い。
寧ろ途中から疲れたと何時もの様に座り込まないかと待っていたのだった――。
案の定歩みが遅くなってきたウンスを横目に見て、ヨンは足を止めた。
「・・・イムジャ」
「えー?」
段々と肩で息をし始めたウンスを呼び自分に視線が向いたとわかるとヨンは道外れの茶屋を指差した。
「疲れたでしょう?少し休みますか?」
・・・チェヨンさんが?寄り道?・・・珍しい。
しかしウンスも流石に疲れたと承諾した。
市井に近いと言っていたが、市井は既に通り過ぎている。確かにそこからは大きな屋敷がずっと続いていたが、歩くには距離があり過ぎるとウンスはうんざりとしていた。
後ろを振り向いてまたヨンを見上げる。
「・・・もう少しなのよね?」
「はい」
「だったら、少し休んでから行こうかな・・・?」
「では入りましょう」
ヨンは素早く茶屋にウンスを促し中へと入って行った。
茶屋で菓子とお茶を食し少し落ち着いたウンスははぁーと息を吐くと向かいのヨンを見た。
「・・・チェヨンさんの話を聞く限り、行っても私が出来る事は無いと思うの」
最初から出来ないと言うウンスを少し目を開けてヨンは見てしまう。
「そうなのですか?」
・・・だったら行かなくても良いではないか?
「多分彼のお母さんはこれからもずっと寝たきりで、起き上がる事は困難よ。・・・ただその代わりに、過ごしやすい環境にさせてあげるしか私には出来ないわね・・・」
ウンスは菓子を一つ口に入れると、そういえばと首を傾げた。
「その側室はどうなのかしら?」
「どうとは?」
「彼のお母さんと仲が良いとか・・・」
「・・・それは知りません」
あの男の側室等興味も無い。
ヨンは湯呑みを口に運びながらチラッとウンスを見た。
知っている誰かに似ているからそんな事迄気になるのか?
よく考えたら、ウンスが自分に何かを問うて来たのは最初だけで今は何も聞きもしない。
興味が無くなったのか、そもそもそんな気等無かったのか。なのに自分だけが、あちこちこの方の周りに気を張っているだけなのだ。
ついこの間迄あった、勢いは何処に行ってしまったのだろうか?
あの男が現れてから気持ちが全く落ち着かず、ここ数日間胸が痛い。
今日は余計に強く、ヨンは長い息を吐いた。
「・・・何故行きたいのか、聞いても良いですか?」
「・・・・・」
その問いにウンスは眉を顰め口を閉じたままヨンを睨んで来た。
聞いたらこの胸の苦しみが更に酷くなるとわかっている。だが、この方のあの男を見ていた眼差しの理由をどうしても知りたかった。
きっとこれはもうこの方に対しての独占欲なのだろう。
ヨンはウンスを静かに見つめ返した。
(6)に続く
✣✣✣✣✣✣✣
お久しぶりです
文の間少し削ってしまったのですが後で編集しますので。
にほんブログ村
そして来年のイベがほぼ未定になった・・・
通販にお世話になるしか・・・_ノ乙(、ン、)_
