貧困の克服
貧困の克服―アジア発展の鍵は何か (集英社新書)/アマルティア セン

¥672
Amazon.co.jp
マイアミ侵略の際に飛行機の中で時間つぶしのために読んだのがこの本。
大学のときに買った本なんだけど、そいや最近こういう本を読んでいないなと思ってね。
アマルティア・センは、説明するまでもないかもしれませんが、
アジアではじめてノーベル経済学賞を受賞したインドのコルカタ出身の経済学博士さんですね。
90年代にいくつかの発展途上国において、「経済発展のための独裁政治は許容されてしかるべきだ」とか、「民主主義は西洋的価値のおしつけであり、アジア的価値にそぐわない面がある」というかたちで、民主主義の否定が正当化されたことに対し、そうではないというのがセンの主張なのね。
彼は民主主義を強く信奉しているようで、民主主義こそ普遍的価値であると説いています。
経済学的にも独裁政治と経済発展の証明はされていないこと、中国やインドの歴史上の統治者を例示し、アジアにも民主主義的価値は昔から存在し、受容されていたこと、西洋の思想の歴史を紐解き、必ずしも西洋の民主主義的価値が昔から完璧ではなかったと言うことを主張しています。
センは民主主義の効用は、経済が発展ないし成長しているときには認識されづらいとも言及しています。そして、もっとも民主主義の効果が現れやすい事態の例として、大規模災害を挙げています。すなわち、民主主義を採用する国や地域において、かつて自然災害などが起こったときに飢餓が発生した歴史はないと。民主主義が機能し、マスメディアなどによって被害の状況が公にされる状況においては、国家が何らかの対応をすることを要請されるので、飢餓にはいたらないと。
そして民主主義が普遍的な価値を持つ限りにおいて、すべての人が基本的人権を尊重されるべきであり、それは国の体制に制限されるべきものではないと。たまたま生れ落ちた国が独裁体制であるからという理由で、その人間として生きる権利を、生活を、脅かされることがあってはならないと。
だけど、難しいよね。あたしも、それは本当にそう思うけどさ。
いや、それでもちょっとずつ民主主義の採用は増えてきてるんだろけど。
民主主義を採用していない国家は、民主主義を普遍的価値だなんて認めないし、
じゃぁどうやって介入するの?っていう話だしね。介入はどう正当化されるのかと。
あるいは介入しないことはどう正当化されるんだろうかとか。
国家っていう単位は、人間が作り上げた制度の中でもあたしはなかなか立派なほうだとおもっているけれども、やっぱりまだまだ限界があるよね。これから先も、例えグローバル化が進んでも、あるいは進めば進むほど、国家の役割ってのは重要になると思うけど。重要だからこその、影響力が大きいからこその、身動きのとりにくさってのがあるよね。
だから、我慢できなくて個人単位で、あるいは小組織単位で、信念を持って活動する人がいるんだね。それは結果的に回りに迷惑をかけてしまうかもしれないし、傷つけたくない誰かを巻き込んでしまうかもしれないけど、でも人間として許せない状況を放っておけずに活動するっていうのは、褒められることでこそあれ、非難されるべきことではないと、個人的には思うよ。
またインド行きたくなっちゃったな。

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大学のときに買った本なんだけど、そいや最近こういう本を読んでいないなと思ってね。
アマルティア・センは、説明するまでもないかもしれませんが、
アジアではじめてノーベル経済学賞を受賞したインドのコルカタ出身の経済学博士さんですね。
90年代にいくつかの発展途上国において、「経済発展のための独裁政治は許容されてしかるべきだ」とか、「民主主義は西洋的価値のおしつけであり、アジア的価値にそぐわない面がある」というかたちで、民主主義の否定が正当化されたことに対し、そうではないというのがセンの主張なのね。
彼は民主主義を強く信奉しているようで、民主主義こそ普遍的価値であると説いています。
経済学的にも独裁政治と経済発展の証明はされていないこと、中国やインドの歴史上の統治者を例示し、アジアにも民主主義的価値は昔から存在し、受容されていたこと、西洋の思想の歴史を紐解き、必ずしも西洋の民主主義的価値が昔から完璧ではなかったと言うことを主張しています。
センは民主主義の効用は、経済が発展ないし成長しているときには認識されづらいとも言及しています。そして、もっとも民主主義の効果が現れやすい事態の例として、大規模災害を挙げています。すなわち、民主主義を採用する国や地域において、かつて自然災害などが起こったときに飢餓が発生した歴史はないと。民主主義が機能し、マスメディアなどによって被害の状況が公にされる状況においては、国家が何らかの対応をすることを要請されるので、飢餓にはいたらないと。
そして民主主義が普遍的な価値を持つ限りにおいて、すべての人が基本的人権を尊重されるべきであり、それは国の体制に制限されるべきものではないと。たまたま生れ落ちた国が独裁体制であるからという理由で、その人間として生きる権利を、生活を、脅かされることがあってはならないと。
だけど、難しいよね。あたしも、それは本当にそう思うけどさ。
いや、それでもちょっとずつ民主主義の採用は増えてきてるんだろけど。
民主主義を採用していない国家は、民主主義を普遍的価値だなんて認めないし、
じゃぁどうやって介入するの?っていう話だしね。介入はどう正当化されるのかと。
あるいは介入しないことはどう正当化されるんだろうかとか。
国家っていう単位は、人間が作り上げた制度の中でもあたしはなかなか立派なほうだとおもっているけれども、やっぱりまだまだ限界があるよね。これから先も、例えグローバル化が進んでも、あるいは進めば進むほど、国家の役割ってのは重要になると思うけど。重要だからこその、影響力が大きいからこその、身動きのとりにくさってのがあるよね。
だから、我慢できなくて個人単位で、あるいは小組織単位で、信念を持って活動する人がいるんだね。それは結果的に回りに迷惑をかけてしまうかもしれないし、傷つけたくない誰かを巻き込んでしまうかもしれないけど、でも人間として許せない状況を放っておけずに活動するっていうのは、褒められることでこそあれ、非難されるべきことではないと、個人的には思うよ。
またインド行きたくなっちゃったな。