もし、死ぬまで毎年、525,600円が振り込まれるとしたら、

どうします?

きっと、
みんな何に使おうか考えると思うんですよね。
欲しいものを買ったり、いっぱい遊んだり、旅行したり、食べたいものを食べたり、誰かに贈り物をしたり、貯金したり、募金したり・・・etc。

もしかしたら、人によっては、それは最初だけかもしれないし、大した金額じゃないかもしれないから、
そのうちには特に考えもしないで、だんだん無駄遣いをするようになるかもしれない。

そうだとしても、とりあえず、与えられる「それ」についてどう使おうか考えると思うんだよね。














だけど、同じ数字でも525,600分という時間をどう使うかなんて、ちゃんと考えて生きてる人なんて、ほんと一握りなんじゃないかな。

多くの人が多くの時間を無駄に浪費していると思います。

時間を大切にできるのは、死期を知ったとき、かけがえのない人や物と過ごす時間が残りわずかなとき、時間に追われているとき、それと、一応テスト前とか・・・そういうときになって、初めて意識するようになるのかもしれない。

どうして、日ごろからそれができないのかな?


今日乗った電車で
「俺はいつ死んでもいいと思って、生きてるよ」
なんていうことを言ってる奴を見かけたさ。

すごく疑問に思う。K姉妹もそんなこと言ってたけど
果たして本当にそうなのかな?

本当にそうなら何時だって死ねるはず。
そういう人には、是非、危険をかいくぐって、前線で人のために働いて欲しいものですよ。

でも、そういう人で、自ら進んで死のうとする人はいない。
やっぱり生きたいって思ってるのよ。
それって、やっぱり、やりたいことが残っていると思うんだよね。ただ単に深く考えたことが無いだけなのかな。もしかしたら、そんなことを言ってる自分を「かっこいい」と思っているのかもしれない。



なんだかんだ言っても、やっぱり、時間を大切にして生きるってのは、なかなか難しいんだよね。

たぶん、あって当たり前の存在だし、後どれくらいあるかが分からないし、そんなことを気にすることもないからだろうね。
つまり、生きることに必死になってないんだよ。
失いかけて、はじめて分かるその大切さ。

だから、日ごろからきちんと使い道を考えたほうがいいと思う、手遅れになる前に。

そうしたら、今よりも、もっといろんなことが出来ると思うし、もっと自身の可能性が広がっていくと思います。

でも、もしかしたら、変わらないかもしれない。
そうだとしても、今まで見えなかった何かに気が付くようになるとは思います。




えらそうなことを言ってるみたいで気に障ったらごめんなさいね。正直僕も時間を無駄にしている側の人間であることは確かです。



そうそう、大人になるにつれ、1年が経つのが早いと感じることが多くなる人がたくさんと思うけど、

その原因の一つとして、大人の生活は子どもの生活に比べて、単純ということがあげられます。

どういうことかというと、子どもの頃は1年間のうちにいろんなイベントがあったと思います。

運動会、文化祭、定期試験、部活の大会、修学旅行や遠足・・・etc。

大人になるとこういうイベントがなくなってしますので、1年が単純になってしまいます。その結果、日々の生活がワンパターンになってしまい、1年があっという間に過ぎていくように感じるみたいです。

ですので、時間が過ぎるのが早くなっていくように感じる人は

1年間に幾つかのイベントを行ってみてはいかがでしょうか?