先日は、映画聖なる酔っぱらいの伝説についてお話しするハズが、おしゃべりがかなーり反れてしまって、今日はようやく紹介することができますね。主人公に幸運なデキゴトが次々と起こる場面が誇張されて、一般にファンタジー映画のような印象を持たれているようなんですけど、この作品は神と原罪を有する人間との関係を描いたキリスト教映画かと思います。一神教観に馴染みがないと…おとぎ話に映ってしまうのかな原作は、ユダヤ人作家ヨーゼフ・ロートさんによる晩年の著ですナチスの魔手を逃れながら荒んだ流浪生活を余儀なくされ、アルコールに溺れ歳の若さで亡くなってしまったロートさん。晩年はカトリックに傾倒されていたようで、迫りくる死と神の存在を身近に感じた折、ご自分が夢見たささやかな仕合せを、ここに記したのではないでしょーか「憧れの国フランスへ炭鉱夫としてやってきたアンドレアスは、下宿元の友人の奥さんと情事の関係となり、彼女をめぐってその友人である夫を、已むなく死なせてしまいます。この事故を原因に投獄の身として刑に服して以来、パリのセーヌ川の橋の袂で、浮浪者として望みないその日暮らしを過ごしていましたが、ある日‥見知らぬ慈善家の老紳士から、もしも返せる時が来たなら聖女テレーズのいる教会へ献金してほしいと頼まれ、200フランを借り受けます。それからというもの、まるで神からの思し召しのように奇蹟的な幸運に次々と見舞われるようになったアンドレアスは、老紳士との約束を果たそうとミサの行われる日曜に教会へ行くのだけれど、予期せぬ出来事が起きて、なかなかお金を渡すことができません。奇蹟的な幸運が幾日も続くと、しだいにアンドレアスは運命に翻弄されてゆき、挙句の果てに、旧友と一晩呑み明かして、手持ちのお金をすっかりと散財してしまう。大雨の朝を迎え、ポケットに残ったのは僅かな小銭だけ。約束を果たせる機会は、何度もあったハズなのに、、、ヒトのあらゆる思いを洗い流すほどの絶え間ない雨に打たれながら、決してもう二度と教会へ足を運ぶことなんてないと自覚していたアンドレアスに、ふたたび奇蹟が訪れ、またお金を手にすることになります。長く降り続いたどしゃ降りがようやく静まる明け方、アンドレアスは、踏み外してしまったこれまでの自分自身の生涯について、後悔をし、嘆いている。決してやり直すことのできない虚しさに支配され、この世に生を宿してくれた父と母を想い出しながら懺悔の念を抱くけれど…そんな矢先アンドレアスは、人として最悪の行動をとってしまう。。。」もしかして再発売で観られる方がいらっしゃるとイケナイので、あらましはこれくらいにしましょーね。この世に起こる現象は人間の自由意志も含め、すべて神がお決めになっているのでしょうかボクは幼稚園がキリスト教系で、高校は仏教系に通っていたこともあって、西洋思想と東洋思想が混在していますなんだかんだと約束を優先してこれなかった主人公は、どうしようもない呑み助男に映ってしまうかもしれないでも、奈落を通ってきた過去の経験から目の前に起こる天命に身を委ねるしかなくなってしまっていたのでしょうね。この世では、自分の都合なんてまるで働かないことを了知していたかのよう。それだから、幸運が訪れてもどこか信じてはいない様子です。はたして、人生とは自分で切り開くものなのでしょうか自分を信じてさえいれば願いは叶うのですか涙を流した分いつか仕合せになれるって本当ですかそれはきっと‥成功経験しか持たない方だけがおっしゃる、後づけの、それこそおとぎ話じゃないかな。失敗をしてすべてを失いしばらくした頃…、自己の力とは無関係に、縋らなければならない何かが目の前に現われてくるものです。それは奇跡のように感じられる必然だって、もうそれだけに縋るしかない身なのだから。何もかも失くした人は、そんな惨めを望んでいたワケではない。ともすれば、目の前にある成功や仕合せは、自分の力ではない。人生は、とってもシンプルなんだっ。難解にしちゃいけない。この物語りは、ファンタジーではありません。画像はお借りしていまーすThank you*:.。. .。.:*・゜・**:.。. .。.:*・゜・**:.。. .。.:*・゜・**:.。. .。.:*・゜・*
〝母なる水…ひまわり水〟エコロジー・ソング♪すばらしいこのせかい♪(*^o^)/\(^-^*)
...
