Tamaです。
たまたま気付いたんだけど、2008年7月にFacebookを始めてから、気付いたら10年も経ってた。
始めてからしばらくはよく投稿してたんだけど、そういえばいつからか投稿するのを止めて、ここ数年は完全に見る専門。
それでふと思ったんだけど、昔は投稿してたのに、なんで止めたんだろ。よくよく考えてみると、面倒くさいとか以前にもっと感覚的に乗り気じゃないところがあって、今はFacebookで自分の近況をシェアしたいと思わない。
今回はその理由を考えてみました。
1.他の人と比較したくない、されたくないから
もしかしたら自分の備忘のために、淡々と自分の日常をアップロードし続けてます、みたいなある種の職人みたいな人もいるのかもしれないけど、大半の人は「見てよ僕のリア充っぷり、他の人より楽しそうでしょう?」っていうマウンティング精神がある。
そんで他の人はそんなフィードを見て、負けじと「わたしも~」って近況をアップデートする。
多分のこのリア充の応酬に参戦し続けることに疲れたんだと思う。
だからこのバトルフィールドから離れて、無意識に自分のポジションをつくったんだと思う。
2.プライベートだから
ビジネス目的で利用しているユーザーは別だけど、普通の個人はみんなプライベートで起きたことを、世界中にシェアしてる。
このコンセプトに、僕は根っこのところで拒否反応があるみたい。
(じゃあそもそもFacebook始めるなって話もあるけど。笑)
最近はオフラインとオンラインのごっちゃになってて、みんなパーソナルなエリアもバンバンオンラインにあげてて、ある意味生活圏が両方にあると思う。
それ自体がわるいとは全然思ってないし、他の人がプライベートをシェアするのが嫌とか、それを見るのが嫌ってわけでもない。
(むしろ、何年も会ってない友達とFacebook経由でずーっと繋がれるのは、最大のベネフィット。)
ただ僕のサイドからはそれをしたくない。
プライベートはどこまで言ってもオフライン。自分の手が届く範囲、見える範囲にとどめておきたい。
3.自分の幸せは自分で決めたいから
Facebookでは他の人がイイネで数値化して、僕らの近況を評価します。
ていうと少し語弊があるけど、まあ僕が感じるのは、他の人が自分の人生にポイントをつけてきてるってこと。
でも本来は自分の人生がいいものなのか、幸せなのかを決めるのは自分で、主導権は常に自分なんじゃないのってこと。
多分精神衛生的にも、そのほうがいいと思うんだよね。
少し違うかもしれないけど、裁量の多い仕事のほうが満足度が高いのと似てて、要は自分で自分の人生をコントロールできたほうが幸せなんじゃないかと思う。
だから、Facebook(=オンライン)に自分の人生はなくて、あくまで現実(=オフライン)の中で、住みたい場所で、好きな人たちと、好きなことをして生きていくところに自分の人生がある気がする。
とまあ、こんなにいろいろ考えてFacebookに投稿してなかったわけではないけど、ふんわりと考えてたことを文字にしてみると、こんな感じだと思う。
投稿はしないけど、Facebookの便利さもわかってはいるので、
引き続き見る専門でお世話になる![]()
